6/15/2023

この日も主と共に 【927】使命を受けて生きる(6)

真理によって、彼らを聖なる者としてください。あなたの御言葉は真理です。わたしを世にお遣わしになったように、わたしも彼らを世に遣わしました。(ヨハネによる福音書17章17、18節)

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イエスさまは十字架にかかられる直前、弟子たちのために祈られました。その祈りにおいて明らかになったのは、弟子たちはこの世に取り残されるのではなく、むしろ世に遣わされるということでした。イエスさまご自身も神さまから遣わされたお方です。それはこの世を愛し、救うためでした(参照3章17節)。弟子たち、また彼らに続く教会・小隊、わたしたちも、この世を愛し、救おうと望まれる神の御心によって、それぞれの生活の場へと遣わされています。

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天の父なる神さま、わたしが今置かれている場所や状況の背後にあなたの大きな御心があることに心を留め、御子イエスに遣わされた者として歩むことができますように、御言葉によって導いください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン


6/14/2023

この日も主と共に 【926】使命を受けて生きる(5)

ダビデは、彼の時代に神の計画に仕えた後、眠りについて、祖先の列に加えられ、朽ち果てました。しかし、神が復活させたこの方は、朽ち果てることがなかったのです。(使徒言行録16章36、37節)

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ダビデは旧約聖書に登場するイスラエルの偉大な王です。彼は信仰をもって歩み、多くの功績を残しましたが、地上の生涯については他の人々同じように終わりを迎えました。ただし、ダビデは《彼の時代に神の計画に仕え》ました。そして、神さまは《このダビデの子孫からイスラエルに救い主イエスを送ってくださったのです》(23節)。神さまのために生きたことの実りのすべてを自分の目で見届けられるというわけではないかもしれません。しかし、神さまはご自分の永遠のみわざにわたしたちを参加させてくださっています。

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天の父なる神さま、すぐに成果が見られない時にも、あなたの愛とみわざの広さ、大きさをを思い、あなたに信頼して歩むものとならせてください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン


6/13/2023

この日も主と共に 【925】使命を受けて生きる(4)

キリストがわたしたちを愛して、御自分を香りのよい供え物、つまり、いけにえとしてわたしたちのために神に献げてくださったように、あなたがたも愛によって歩みなさい。(エフェソの信徒への手紙5章2節)

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イエスさまはわたしたちを愛し、わたしたちを愛によって歩むものとしてくださいます。その歩みは、聖書にあるイエスさまの言葉をたどっていくと、①神を愛する歩み、②隣人を愛する歩み、③神の救いの知らせ(福音)を世界に伝える歩み、④神の家族(教会・小隊)に加わることによってイエスさまとつながる歩み、⑤イエスさまに学びながらイエスさまに似たものとして成長することのできる歩みです。《わたしの愛にとどまりなさい》というイエスさまの言葉によって、わたしたちの歩みは支えられています(ヨハネ15章9節)。

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天の父なる神さま、あなたとあなたが遣わされた御声イエスの愛をたしかなより所として歩むことができるように教え、導いてください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン


6/12/2023

この日も主と共に 【924】使命を受けて生きる(3)

神がわたしたちを憐れみ、祝福し
御顔の輝きを 
わたしたちに向けてくださいますように
あなたの道をこの地が知り
御救いをすべての民が知るために。
(詩編67編2、3節)

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聖書は、神さまに《憐れみ》、《祝福》、《御顔の輝き》を求める祈りを教えてくれます。わたしたちは、神さまがわたしたちを愛し、祝福し、喜んでくださることをすなおに願ってよいのです。それはご利益の祈願や自分中心の願いごとと同じではありません。《すべての民》が神さまと共に生きることを知り、神の救いの力がすべての人に及ぶために、神さまはわたしたちの歩みを世界に向けた祝福の知らせとしてくださいます。

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天の父なる神さま、あなたが世界を救い、祝福されるために、わたしたち一人一人をあなたの愛と力の器として整え、お用いください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン


6/10/2023

この日も主と共に 【923】使命を受けて生きる(2)

あなたがたの抱いている希望について説明を要求する人には、いつでも弁明できるように備えていなさい。それも、穏やかに、敬意をもって、正しい良心で、弁明するようにしなさい。(ペトロの手紙一3章15、16節)

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神さまは、イエス・キリストを信じる者の言葉や行動、生きる姿を通してこの世界に《希望》を伝えようと望まれます。まことの神さまはどのようなお方なのか。聖書から得られる真理、教訓は何か。イエス・キリストを知って発見したもの、受けとったものは何か。神さまと正しい関係を築いて生きるときにどのような幸いがあるのか。同じ楽譜を演奏するとしても楽器や演奏者によって音楽に彩りが生まれるように、神さまはわたしたち一人一人の生活を用いてくださいます。

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天の父なる神さま、神の御国の幸いを映し出すものとして、わたしの言葉や行い、日ごとのはたらきを清め、御心によってお用いください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン


6/09/2023

この日も主と共に 【922】使命を受けて生きる(1)

あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。(マタイによる福音書28章19、20節節)

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マタイによる福音書は、イエスさまが教会全体に与えられた命令を伝えています(大宣教命令)。それは「使命」とも言えます。(使命とは使者として与えられた任務や命令のこと。)
イエスさまは、
①すべての民を救うという目的を持っておられます。
②その目的のために教会に方法を教え、わたしたちの言葉と行動を必要とされます。
③わたしたちがイエスさまの使者として歩めるように、世の終わりまで共におられます。

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天の父なる神さま、自分の目標や人の期待をかなえることで終わらない生き方、あなたの使命を帯びて主と共に進む生き方を教え、導いてください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン


6/08/2023

この日も主と共に 【921】神と人のために生きる(7)

主は、「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」と言われました。だから、キリストの力がわたしの内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。・・・わたしは弱いときにこそ強いからです。(コリントの信徒への手紙二12章9、10節)

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イエスさまを信じることは、自分がなりたいと思う理想的な人や完ぺきな人になることではありません。イエスさまを信じた後にも、わたしたちには限界があり、《弱さ》があります。しかし、神さまは、そのようなわたしたちの内に《キリストの力》を宿らせくださいます。《キリストの力》は、ありのままの自分を認め、神さまに信頼し、いろいろなことが起きても神の愛から離れず、立ち上がれる生き方を可能にします。

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天の父なる神さま、自分の弱さを切り捨てる強さではなく、《キリストの力》によって自分の弱ささえも恵みの器となり得る強さをお与えください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン


6/07/2023

この日も主と共に【920】神と人のために生きる(6)

何事も利己心や虚栄心からするのではなく、へりくだって、互いに相手を自分よりも優れた者と考え、めいめい自分のことだけでなく、他人のことにも注意を払いなさい。・・・それはキリスト・イエスにもみられるものです。(フィリピの信徒への手紙2章3~5節)

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《何事も利己心や虚栄心からするのではなく》とは、自分にどのような得があるかを計算したり、自分が相手よりも上に立てるかどうかを気にして態度を決めてはならないということです。それは人を見ているようでいて、結局は自分を見ているのだというのです。聖書があえてこの点を触れるのは、わたしたちに違う世界を見せたいからです。神と親しく向き合い、人にも真実に向かい合う、イエスさまが見ておられた世界です。神の僕(しもべ)が見ることのできる世界です。

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天の父なる神さま、神と人に仕える者となられた御子イエスのもとに心を引き寄せてください。ひと足ずつ主の後に続くものとならせてください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン


6/06/2023

この日も主と共に【919】神と人のために生きる(5)

あなたがたの中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、いちばん上になりたい者は、すべての人の僕になりなさい。(マルコによる福音書10章43、44節)

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イエスさまは、弟子たちが《偉くなりたい》と思うこと自体をお叱りにはなりませんでした。ただし、偉くなるため本当に必要なのは、支配や権力ではなく、《皆に仕える者》、《すべての人の僕(しもべ)》になることだと言われました。それはただ言いなりになる人ではなく、相手がどのような状態にいて、何を必要としているのかをよく考え、そのために自分を惜しまずに使うことができる人です。そのように生きるためには、支配や権力とは性質の違う力が必要です。イエスさまはその力を持っておられました。そしてわたしたちの救いのために十字架にかかり、ご自身を捧げてくださいました。

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天の父なる神さま、御子イエスが教えてくださった《仕える者》の歩みに加わらせてください。御子イエスの愛と力を心に注いでください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン


6/05/2023

この日も主と共に【918】神と人のために生きる(4)

わたしたちの一つの体は多くの部分から成り立っていても、すべての部分が同じ働きをしていないように、わたしたちも数は多いが、キリストに結ばれて一つの体を形づくっており、各自は互いに部分なのです。(ローマの信徒への手紙12章4、5節)

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イエス・キリストを信じることは、自分の個性を無視して、何か理想的な人になることではありません。神さまを信じても、関心や得手不得手は人によって違います。神さまは、わたしたちの個性や違いを取り扱ってくださり、イエス・キリストに結ばれる《一つの体》として作り上げてくださいます。教会・小隊は、実際にはいろいろな試行錯誤や課題にぶつかることもありますが、神さまがご覧になっておられる世界の中で自分の受け持つ分を見出し、協力する集まりです。

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天の父なる神さま、御子イエスの体の一部として、あなたの愛と力を伝えあい、分かちあうものとしてください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン


6/03/2023

この日も主と共に【917】神と人のために生きる(3)

神は、あらゆる苦難に際してわたしたちを慰めてくださるので、わたしたちも神からいただくこの慰めによって、あらゆる苦難の中にある人々を慰めることができます。(コリントの信徒への手紙二1章4節)

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神さまは、イエス・キリストを信じる一人一人に神の善い業に役立つ力を贈り物として与えてくださいます(賜物)。また、神さまはわたしたちを作られたお方ですので、一人一人の個性や経験も神の贈り物の一部であるということができます。ときには受けとめ難く思われる自分の状況や経験がありますが、神さまは痛みや悲しみも含めてわたしたちを受け入れてくださり、神の慰めの業のために用いてくださいます。

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《わたしたちの主イエス・キリストの父である神、慈愛に満ちた父、慰めを豊かにくださる》神さま(3節)、あなたの作品として自分の姿や経験の一つ一つに意味、目的、役割があることを心に留めて歩むことができるように支え、導いてください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン


6/02/2023

この日も主と共に【916】神と人のために生きる(2)

賜物にはいろいろありますが、それをお与えになるのは同じ霊です。務めにはいろいろありますが、それをお与えになるのは同じ主です。働きにはいろいろありますが、すべての場合にすべてのことをなさるのは同じ神です。(コリントの信徒への手紙一12章4~6節)

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イエスさまを信じる人には、神の善い業に役立つ力が与えられます。それは人間の才能や特技のことではなく、聖霊によって与えられる贈り物、《賜物》です。また、神さまと人に対する《務め》、すなわち奉仕の機会や場が与えられます。教会・小隊は、自分に何ができるかを競う場所ではなく、神さまの大きな目的を知り、神さまの《働き》に参加する場所です。

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天の父なる神さま、あなたはわたしたち一人一人を違うものとして創造し、それぞれに役割を与えてくださいます。お互いが違うという喜び、また、違う者同士であっても思いと力を合わせることのできる喜びを、御子イエスによって経験させてください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン


6/01/2023

この日も主と共に【915】神と人のために生きる(1)

わたしたちは神に造られたものであり、しかも、神が前もって準備してくださった善い業のために、キリスト・イエスにおいて造られたからです。わたしたちは、その善い業を行って歩むのです。(エフェソの信徒への手紙2章10節)

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イエス・キリストを信じる人は一部が改善されるのではなく、すべてが新しく創造されます。そして、神さまに喜ばれる作品となります。ただの置き物、飾り物ではなく、神さまの《善い業》のために用いられる作品です。今、この世界は多くの苦しみ、悲しみ、憎しみ、迷いを抱えていますが、元々は神さまの《善い業》によって創造されました。それですから神の愛、真理、清さ、力を自らも受け入れ、この世界に携えていく神の作品が大切であり、必要とされています。

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天の父なる神さま、あなたはわたしたちに神の作品という意味と目的を与えてくださいました。あなたの愛を受け入れ、映し出すものとしてください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン