7/31/2022

この日も主と共に【621】コリントの信徒への手紙より(1)

わたしたちは、十字架につけられたキリストを宣べ伝えています。すなわち、ユダヤ人にはつまずかせるもの、異邦人には愚かなものですが・・・神の力、神の知恵であるキリストを宣べ伝えているのです。神の愚かさは人よりも賢く、神の弱さは人よりも強いからです。(コリントの信徒への手紙一1章23~25節) 

*** 

コリントの教会は、人の知恵や力や強さの競い合いに巻き込まれていました。それを知ったパウロは、神の知恵や神の力は人の目には愚かで弱く映るものを通して現れたと語ります。その何よりの証(あか)しは《十字架の言葉》、すなわちイエス・キリストが神の御子でありながら、わたしたちの救いのために十字架で死んでくださったことです(18節)。 

*** 

天の父なる神さま、《十字架の言葉》を受け入れ、御子イエスによって、あなたの知恵と力をいただいて歩むものとならせてください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン

7/30/2022

7月31日(日)聖別会(日曜礼拝)のお知らせ

 聖別会(日曜礼拝)

7月31日(日)午前11時より

ペトロの手紙一 1章3~12節

「わたしたちの信仰」


※ 約1時間のプログラムです

※ 開始に先立って10時45分より賛美と祈りの時を持っています

※ 出席に際しては新型コロナ感染予防のため検温・消毒等のご協力をお願いいたします

※ 聖書は『聖書新共同訳』(日本聖書協会)、賛美は『救世軍歌集』を使用しています。備え付けがありますので、お持ちでない場合もそのままお出かけください。


この日も主と共に【620】ローマの信徒への手紙より(7)

食べる人は主のために食べる。神に感謝しているからです。また、食べない人も、主のために食べない。そして、神に感謝しているのです。 ・・・ わたしたちは、生きるとすれば主のために生き、死ぬとすれば主のために死ぬのです。従って、生きるにしても、死ぬにしても、わたしたちは主のものです。(ローマの信徒への手紙14章6、8節) 

*** 

イエス・キリストを信じる信仰は一致や協力を大切にしますが、目に見える行動や生活を全部同じにすること自体が目標ではありません。聖書の示す原則は、①お互いがキリストに救われている事実を尊重すること(3、9、15b節)、② 信仰において挑戦を受けている人々を優先して思いやること(1、13、15a節)、③ 人に正しい裁きをなさるのは神のみであることを心に留めて、自分自身について責任をもって生きること(5、10、22節)、です。 

*** 

天の父なる神さま、あなたに与えられた個性を、さらに信仰でさえも、優劣に置きかえようとする考え方や試みからわたしたちをお守りください。信仰と生活において困難を覚える仲間を顧みてください。わたしたちの小さい言葉と行いを、あなたの配慮の道具として用いてください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン

7/29/2022

この日も主と共に【619】ローマの信徒への手紙より(6)

あなたがたはこの世に倣(なら)ってはなりません。むしろ、心を新たにして自分を変えていただき、何が神の御心であるか、何が善いことで、神に喜ばれ、また完全なことであるかをわきまえるようになりなさい。 (ローマの信徒への手紙12章2節) 

*** 

わたしたちの文化や生活は「まわりとの調和」が重んじられます。それ自体は大切なことです。しかし、『長いものに巻かれる』、『その場の空気を読む』といった言葉遣いがあるように、「和」という口実のもとに自分(自分の良心さえも)を抑え込もうとする圧力にさらされる場合があります。これに対して聖書は、《この世》の型枠によって自分を固定するのではなく、《何が神の御心であるか、何が善いことで、神に喜ばれ、また完全なことであるか》によって自分を生きなさいと勧めます。神に喜ばれて自分も喜ぶ。イエス・キリストを信じる者たちの「ぶれない生き方」の土台です。 

*** 

天の父なる神さま、さまざまな価値観が「良いこと」を掲げる状況の中で、あなたの御心を祈り求め、「もっとも良いこと」を探し、考え、取り組んでいくことができますように。必要な知恵、忍耐、勇気、力をお与えください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン

7/28/2022

7月31日(日)聖別会(日曜礼拝)のお知らせ

 聖別会(日曜礼拝)

7月31日(日)午前11時より

ペトロの手紙一 1章3~12節

「わたしたちの信仰」


※ 約1時間のプログラムです

※ 開始に先立って10時45分より賛美と祈りの時を持っています

※ 出席に際しては新型コロナ感染予防のため検温・消毒等のご協力をお願いいたします

※ 聖書は『聖書新共同訳』(日本聖書協会)、賛美は『救世軍歌集』を使用しています。備え付けがありますので、お持ちでない場合もそのままお出かけください。


この日も主と共に【618】ローマの信徒への手紙より(5)

聖書にも、「主を信じる者は、だれも失望することがない」と書いてあります。ユダヤ人とギリシア人の区別はなく、すべての人に同じ主がおられ、御自分を呼び求めるすべての人を豊かにお恵みになるからです。「主の名を呼び求める者はだれでも救われる」のです。 (ローマの信徒への手紙10章11~13節) 

*** 

イエス・キリストを信じる人はだれでも神に受け入れられ、救われます。それですから、わたしたちはイエス・キリストをたんに過去の偉人として敬うだけではなく、今を生きるわたしたちの救い主、わたしたちの主として信じます。この世の暮らしの中で『どうせ自分は・・・』と他から切り離されたような思いをするときにも、イエス・キリストご自身が失望から希望への突破口となってくださいます。 

*** 

天の父なる神さま、あなたはすべての人の救いとしてイエス・キリストを遣わし、福音を告げてくださいました。イエス・キリストを主と信じる人々はみな、あなたから恵みを得て歩むものされることを感謝します。家庭において、働きの場において、教会・小隊において、あなたの恵みによってともに生きる歩みを教え、導いてください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン

7/27/2022

この日も主と共に【617】ローマの信徒への手紙より(4)

わたしは確信しています。死も、命も、天使も、支配するものも、現在のものも、未来のものも、力あるものも、高い所にいるものも、低い所にいるものも、他のどんな被造物も、わたしたちの主キリスト・イエスによって示された神の愛から、わたしたちを引き離すことはできないのです。 (ローマの信徒への手紙8章38、39節) 

*** 

わたしたちが信じる神さまは、どのような時でも《わたしたちの味方》でいてくださいます(31節)。それゆえ、《わたしたちすべてのために、その御子をさえ惜しまず死に渡され》ました。そして、《御子と一緒にすべてのもの》をも与えてくださいます(32節)。神さまの愛は、わたしたちのために自らを与えてくださる愛です。いまこの時も、わたしたちは神さまの愛と共にあります。 

*** 

天の父なる神さま、あなたがわたしたちの味方でいてくださることを感謝します。あなたは御心にふさわしい時に、わたしたちに必要なものを与えてくださいます。何よりもすでに、御子イエスを与えてくださいました。あなたからの贈り物を大切に受け入れ、平安と励ましをいただいて歩むものとならせてください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン

7/26/2022

この日も主と共に【616】ローマの信徒への手紙より(3)

あなたがたの五体を不義のための道具として罪に任せてはなりません。かえって、自分自身を死者の中から生き返った者として神に献げ、また、五体を義のための道具として神に献げなさい。なぜなら、罪は、もはや、あなたがたを支配することはないからです。 (ローマの信徒への手紙6章13、14節) 

*** 

イエス・キリストを信じる人は新しく生きています。すなわち、① イエス・キリストの十字架と復活に結び合わされ、罪と断絶し、神と共に生きています(3~14節)。② 罪の《奴隷》から解放され、神に仕える《しもべ》となっています(16~23節)。信仰に入り、明らかに様子が変わる人もいれば、さほど変化の感じられない人もいます。しかし人間の感じ方はさまざまでも、神は確実に新しい人生を始めておられます。『神はわたしを新しくしてくださる』と何度でも言い表しつつ、一歩ずつ進んでいきたいと思います。 

*** 

天の父なる神さま、あなたは御子イエスによってわたしたちを罪の支配から解放し、ご自分の恵みの下においてくださったことを感謝します。あなたのしもべとして、善きことのために身も心も用いるものとならせてください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン

7/25/2022

この日も主と共に【615】ローマの信徒への手紙より(2)

わたしたちがまだ罪人であったとき、キリストがわたしたちのために死んでくださったことにより、神はわたしたちに対する愛を示されました。それで今や、わたしたちはキリストの血によって義とされたのですから、キリストによって神の怒りから救われるのは、なおさらのことです。 (ローマの信徒への手紙5章8、9節) 

*** 

神さまは正しいお方ですから、罪をそのままにしてはおかれません。罪をかならず裁かれます。それですから、すべての人は神の裁きを免(まぬか)れることはできません。しかし、神さまは同時に愛のお方です。わたしたちの罪を赦し、救おうとなさいます。そのために御子イエスが十字架にかかり、わたしたちが負うべき裁きをご自身に受けてくださいました。イエス・キリストの十字架は、神の義(正しさ)と愛がこの上なく一つになった出来事です。 

*** 

天の父なる神さま、御子イエスの十字架に示された、あなたの義と愛を、どちらか一方ではなく、両方を心を開いて受け入れるものとしてください。そして、あなたの救いがわたしたちにとってどれほど大切な意味があるのかを悟らせてください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン

7/24/2022

この日も主と共に【614】ローマの信徒への手紙より(1)

人は皆、罪を犯して神の栄光を受けられなくなっていますが、ただキリスト・イエスによる贖いの業を通して、神の恵みにより無償で義とされるのです。 (ローマの信徒への手紙3章23、24節) 

*** 

パウロはいろいろな人を見ています。自分の欲のままに生きる人たち(1章18~32節)。道徳意識に立って他人を批評する人たち(2章1~16節)。神に特別に選ばれたと自負して信仰を誇る人たち(2章17節~3章8節)。パウロは、どの人たちも心から神を探し求めず、平和の道を知らず、破壊と悲惨の道を進んでいると指摘し、《皆、罪の下にある》と断言します(3章9~20節)。彼がこのように語るのは、《ユダヤ人をはじめ、ギリシア人にも、信じる者すべてに救いをもたらす神の力》である《福音》、すなわちイエス・キリストによる救いを伝えたいからです(1章16節)。同じ福音が今も聖書を通して、わたしたちに告げられています。 

*** 

天の父なる神さま、あなたは御子イエスによってわたしたちを救ってくださいました。福音を受け入れ、あなたと共に生きるものとならせてください。罪の力から解放され、あなたの力によって立つものとならせてください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン

7/23/2022

この日も主と共に【613】テサロニケの信徒への手紙より(3)

わたしたちの主イエス・キリスト御自身、ならびに、わたしたちを愛して、永遠の慰めと確かな希望とを恵みによって与えてくださる、わたしたちの父である神が、どうか、あなたがたの心を励まし、また強め、いつも善い働きをし、善い言葉を語る者としてくださるように。 (テサロニケの信徒への手紙二2章16、17節) 

** 

パウロは、迫害と苦難の中にあるテサロニケの教会の仲間に対して、《主イエスが力強い天使たちを率いて天から来られる》ことを心に留め、《しっかり立って・・・説教や手紙で伝えた教えを固く守り続け》るようにと励ましと祈りを送りました(1章7節、2章15節、使徒1章11節)。今日の教会・小隊も聖書の言葉に耳を傾け、聖書に基づいて善い働きと善い言葉を追い求めています。わたしたちも主イエス・キリストにお会いできる約束に与っているからです。わたしたちは今、すばらしい日のために準備をしています。 

*** 

天の父なる神さま、あなたはわたしたちに地上の日々を与え、さらに将来において主イエス・キリストにお会いする日を用意しておられます。聖書によって人生の道のりを確かめ、道しるべを得て歩むものとならせてください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン

7/22/2022

この日も主と共に【612】テサロニケの信徒への手紙より(2)

いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。これこそ、キリスト・イエスにおいて、神があなたがたに望んでおられることです。 (テサロニケの信徒への手紙一5章16~18節) 

*** 

神は、わたしたちが喜びの人、祈りの人、感謝の人であるようにと望んでおられます。そう望まれるほどに、わたしたちを良いものとして創造し、わたしたちの人生に可能性を与えてくださっています。そのために、パウロは、《“霊”の火を消してはいけません。預言を軽んじてはいけません》と語ります(19、20節)。今日のわたしたちにとって、《預言》は聖書の言葉(福音)であり、また、《“霊”の火》は聖霊が共におられ、生き生きと働かれることです。喜び、祈り、感謝は、わたしたちの心がけや努力で生み出すものではなく、聖霊が聖書を通してわたしたちの内に働きかけ、実らせてくださる贈り物です。 

*** 

天の父なる神さま、聖霊がわたしたちの内に働き、聖書を悟らせ、あなたの愛と恵みに気づかせてくださることを感謝します。わたしたちの心、生活の場、そして、教会・小隊に喜び、祈り、感謝を新たに増し加えてください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン

この日も主と共に【611】テサロニケの信徒への手紙より(1)

わたしたちの福音があなたがたに伝えられたのは、ただ言葉だけによらず、力と、聖霊と、強い確信とによったからです。・・・そして、あなたがたはひどい苦しみの中で、聖霊による喜びをもって御言葉を受け入れ、わたしたちに倣う者、そして主に倣う者となり、・・・すべての信者の模範となるに至ったのです。 (テサロニケの信徒への手紙一1章5~7節) 

*** 

テサロニケの教会は、パウロの伝道によって誕生した教会です(使徒17章1~10節)。パウロは《神に勇気づけられ、激しい苦闘の中で神の福音を語》り、彼らはパウロの伝える福音を《神の言葉として受け入れ》ました(2章2、13節)。そうして彼らは反対や迫害の苦しみにもかかわらず、お互いを喜び、思い合う仲間となりました。今も、教会・小隊の土台は神の御言葉である聖書にあります。その交わりに加わる人々に聖霊は力と喜びを与えてくださいます。 

*** 

天の父なる神さま、あなたの御言葉はわたしたちの命の養いであり、たしかな心の土台です。あなたの御言葉である聖書を共に学び、喜びと力を受け取っていくことができるように小隊・教会を守り、導いてください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン

7/21/2022

この日も主と共に【610】ガラテヤの信徒への手紙より(4)

霊の結ぶ実は愛であり、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、柔和、節制です。 (ガラテヤの信徒への手紙5章22、23節) 

*** 

イエス・キリストを信じる人には、聖霊が宿ってくださいます。聖霊は、わたしたちを神の子とし、神と共に生きるものとしてくださいます(4章5~7節)。そのために、わたしたちの内に《実》を結ばれます。《愛、喜び、平安》は、わたしたちと神さまとの関係を表します。《寛容、親切、善意》は、わたしたちと周囲の人々との関係を表します。《誠実、柔和、節制》は、自分自身がどのように生きるかを表します。聖霊はこれからもわたしたちに働きかけ、更新し、成長させて、収穫へと至らせてくださいます。《霊の導きに従ってまた前進しましょう》(25節)。 

*** 

天の父なる神さま、無条件の愛と恵みをわたしたちに与えてくださることを感謝します。主イエスよ、十字架にかかり、わたしたちを罪の支配から解放してくださったことを感謝します。聖霊よ、わたしの内に宿ってくださり、実を結ぶものとしてくださることを感謝します。これからも主と共に一歩ずつ前に進むことができるように、忍耐と導きを与えてください。アーメン

7月24日(日)聖別会(日曜礼拝)のお知らせ

 聖別会(日曜礼拝)

7月24日(日)午前11時より

ペトロの手紙一 1章3~12節

「試練の中の喜び」


※ 約1時間のプログラムです

※ 開始に先立って10時45分より賛美と祈りの時を持っています

※ 出席に際しては新型コロナ感染予防のため検温・消毒等のご協力をお願いいたします

※ 聖書は『聖書新共同訳』(日本聖書協会)、賛美は『救世軍歌集』を使用しています。備え付けがありますので、お持ちでない場合もそのままお出かけください。


この日も主と共に【609】ガラテヤの信徒への手紙より(3)

この自由を得させるために、キリストはわたしたちを自由の身にしてくださったのです。だから、しっかりしなさい。奴隷の軛に二度とつながれてはなりません。 (ガラテヤの信徒への手紙5章1節) 

*** 

《自由》はときに、自分の望むままに『したいこと』をすること、あるいは、『したくないこと』をしないでいられることであると理解されがちです。しかし、《自由》といいながら実際は欲望の虜(とりこ)になっている場合があると、パウロは注意します。そして、イエス・キリストが与えてくださった《自由》は、《肉に罪を犯させる》ためではなく、《愛によって互いに仕え》るためのものだと語ります(13節)。イエス・キリストご自身、神の独り子でありながら、わたしたちの救いのために十字架に至る道を選ばれました。イエス・キリストの十字架は、愛するのための自由を何よりもわたしたちに教えてくれています。 

*** 

天の父なる神さま、御子イエスが得させてくださった自由を正しく生きるものとならせてください。《わたしの軛を負い、わたしに学びなさい》との主の招きお応えし、従うものとならせてください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン(参照 マタイ11章29節)

7/19/2022

この日も主と共に【608】ガラテヤの信徒への手紙より(2)

だれがあなたがたを惑わしたのか。目の前に、イエス・キリストが十字架につけられた姿ではっきり示されたではないか。(ガラテヤの信徒への手紙3章1節) 

*** 

ガラテヤの教会は、『イエス・キリストを信じるだけでは神に受け入れられない』と主張する人々によって動揺しました。それを知ったパウロは、《あなたがたがこんなにも早く離れて、ほかの福音に乗り換えようとしていることに、わたしはあきれ果てています》と落胆を隠しません(1章6節)。そのような言い方をするほど、十字架にかかられたイエス・キリストだけがわたしたちの救いであることをパウロは思い起こさせようとしています。神の救いは人間が自力で獲得できるものではなく、イエス・キリストを通して与えられる無条件の恵みです。パウロは、無条件のすばらしい神の恵みをけっして見失わないでいてほしいのです。 

*** 

天の父なる神さま、あなたはわたしたちに何の代価も求めず、御子イエスによってわたしたちを救ってくださいました。十字架にかかられたイエス・キリストを仰ぎ、あなたの無条件の恵みを受け入れ、恵みの中で人生を築いていくものとならせてください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン

7/18/2022

この日も主と共に【607】ガラテヤの信徒への手紙より(1)

生きているのは、もはやわたしではありません。キリストがわたしの内に生きておられるのです。わたしが今、肉において生きているのは、わたしを愛し、わたしのために身を献げられた神の子に対する信仰によるものです。 (ガラテヤの信徒への手紙2章20節) 

*** 

ガラテヤの教会に《キリストの福音を覆そうとしている》人々が現れました(1章7節)。彼らは『神に認められるためにはイエスを信じるだけでなく、ユダヤ人に与えられた神の掟(律法)を守らねばならない』と主張しました。これに対してパウロは、《もし、人が律法のお陰で義とされるとすれば、それこそ、キリストの死は無意味になってしま》うと語り、《人は律法の実行ではなく、ただイエス・キリストへの信仰によって義とされる》と断言します(16、21節)。わたしたちの救いの根拠は、自分の努力や成果ではなく、ただイエス・キリストにあります。 

*** 

天の父なる神さま、わたしたちを愛し、救うために御子イエスを遣わしてくださったことを感謝します。《キリストがわたしの内に生きておられる》ことが命となり、力となる歩みを教え、導いてください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン

7/16/2022

7月17日(日)聖別会(日曜礼拝)のお知らせ

 聖別会(日曜礼拝)

7月17日(日)午前11時より

ペトロの手紙一 1章3~9節

「イエス・キリストによる希望」


※ 約1時間のプログラムです

※ 開始に先立って10時45分より賛美と祈りの時を持っています

※ 出席に際しては新型コロナ感染予防のため検温・消毒等のご協力をお願いいたします

※ 聖書は『聖書新共同訳』(日本聖書協会)、賛美は『救世軍歌集』を使用しています。備え付けがありますので、お持ちでない場合もそのままお出かけください。


この日も主と共に【606】使徒言行録より(48)

パウロは、自費で借りた家に丸二年間住んで、訪問する者はだれかれとなく歓迎し、全く自由に何の妨げもなく、神の国を宣べ伝え、主イエス・キリストについて教え続けた。(使徒言行録28章30、31節) 

*** 

ローマに着いたパウロは、番兵をつけられたものの、自分だけで住むことを許されました(16節)。彼は軟禁状態でもイエス・キリストを宣べ伝えました。『ローマの信徒への手紙』を読むと、パウロはローマ訪問が実現した時にはさらにイスパニア(現在のスペイン)に行きたいと願っていたようです(ローマの信徒への手紙15章22~29節)。『使徒言行録』がローマのパウロを記して終わるのは、イエス・キリストを宣べ伝える働きがパウロ個人の活動で終わるのではなく、そのあとに続くわたしたち教会・小隊の一人一人にも託されていると伝えたいのだと思います。 

*** 

天の父なる神さま、あなたは世界のすべてのものに福音を告げようと今もなお望まれ、教会・小隊をお用いになります。救いに導き、命を生かすあなたの御言葉を聴かせてください。世に不安や不信の闇が覆うときに、あなたの御言葉をともし火として掲げるものとならせてください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン

7/15/2022

この日も主と共に【605】使徒言行録より(47)

ローマからは、兄弟たちがわたしたちのことを聞き伝えて、アピイフォルムとトレス・タベルネまで迎えに来てくれた。パウロは彼らを見て、神に感謝し、勇気づけられた。(使徒言行録28章15節) 

*** 

パウロは困難な船旅を経て、イタリア半島ナポリ湾の港町《プテオリ》に到着しました。するとプテオリにはすでに教会が誕生しており、同じ信仰を持つ《兄弟たち》がパウロを迎えました(13、14節)。そこからアッピア街道を進む途上では、ローマの教会の兄弟たちが《アピイフォルムとトレス・タベルネ》の町まで迎えに来ていました。パウロは《彼らを見て、神に感謝し、勇気づけられ》ました(15節)。神さまは、教会・小隊に集う一人一人を通して、励ましと支えを与えてくださいます。新型コロナ感染が続き、以前のように集まることが難しい状況が続いていますが、それでも教会・小隊の交わりを大切にしたいと思います。 

*** 

天の父なる神さま、あなたの慰めと力をわたしたちの教会・小隊に豊かに注ぎ入れてください。あなたによってお互いに励まし合い、共に歩み続けることができるように、教会・小隊の交わりを守り、導いてください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン

この日も主と共に【604】使徒言行録より(46)

ですから、皆さん、元気を出しなさい。わたしは神を信じています。わたしに告げられたことは、そのとおりになります。(使徒言行録27章25節) 

*** パウロは身柄をローマに移されることになり、船に乗せられました。パウロは旅の経験にもとづいて安全な航行を忠告しましたが、周囲は耳を貸しませんでした(10、11節)。その結果、一行は難船してしまいました。落胆する人々に対して、パウロは《元気を出しなさい。船は失うが、皆さんのうちだれ一人として命を失う者はない》と励ましました(22節)。一人の囚人であったパウロが看守や船乗りや他の囚人たちを励ますとは、じつに驚くべき逆転の出来事です。神さまを信頼して生きる人は、パウロだけでなくわたしたちも、この逆転の強さを神さまから与えられています。 

*** 

天の父なる神さま、わたしたちの目には可能性がないと思えるような状況であっても、あなたは道を開き、御心を実現なさいます。あなたを信頼し、「わたしは弱いときにこそ強い」と言いきることができたパウロの信仰、確信、平安、希望、勇気を学び取らせてください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン(参照 コリント二12章10節)

7/14/2022

この日も主と共に【603】使徒言行録より(45)

パウロは言った。「短い時間であろうと長い時間であろうと、王ばかりでなく、今日この話を聞いてくださるすべての方が、私のようになってくださることを神に祈ります。このように鎖につながれることは別ですが。」 (使徒言行録26章29節) 

*** 

裁判に臨んだパウロは、総督フェストゥスとアグリッパ王に対しても臆することなく、イエス・キリストを宣べ伝えました。これを聞いたフェストゥスはたまらず、《お前は頭がおかしい。学問のしすぎで、おかしくなったのだ》と言い(24節)、アグリッパも《短い時間でわたしを説き伏せて、キリスト信者にしてしまうつもりか》と言いました(28節)。それでもパウロは《私のようになって》ほしいと訴えました。それは自慢などではなく、イエス・キリストを信じてほしいというパウロの心からの訴えでした。 

*** 

天の父なる神さま、自分が望む《わたし》や他の人々が期待する《わたし》にまさって、イエス・キリストによって新しく創造された《わたし》となって生きるものとしてください。『わたしのようになってほしい』とパウロが語りえたような、健やかな確信に立たせてください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン

7/12/2022

この日も主と共に【602】使徒言行録より(44)

わたしは、あなたをこの民と異邦人の中から救い出し、彼らのもとに遣わす。それは、彼らの目を開いて、闇から光に、サタンの支配から神に立ち帰らせ、こうして彼らがわたしへの信仰によって、罪の赦しを得、聖なる者とされた人々と共に恵みの分け前にあずかるようになるためである。(使徒言行録26章17、18節) 

*** 

パウロは、総督フェリクス(24章)、総督フェストゥス(25章)、アグリッパ王(26章、ローマ帝国に承認されてパレスチナ地方を治めたアグリッパ二世)の前で裁判を受けました。パウロはそれらの裁判の弁論の機会も、イエス・キリストを宣べ伝えるために使いました。パウロは、権力者たちを前にしてもぶれることはありませんでした。イエス・キリストの救い、また、復活して生きておられる主との交わりによって、パウロは自分を確かにし、立っていました。 

*** 

天の父なる神さま、あなたは御子イエスによってわたしたちを救い、神の子、神の聖なる民として受け入れてくださいました。さまざまな出来事に囲まれる時にも、あなたに救われ、愛され、生かされている事実に根を下ろし、心を確かにして歩むものとならせてください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン

7/11/2022

この日も主と共に【601】使徒言行録より(43)

千人隊長が、「わたしは、多額の金を出してこの市民権を得たのだ」と言うと、パウロは、「わたしは生まれながらローマ帝国の市民です」と言った。(使徒言行録22章28節) 

*** 

パウロは、経済的な困難に陥っていたエルサレムの教会を訪ね、異邦人の教会から集められた《救援金》を届けようとしました(21章17、18節、24章17節)。しかし、彼を狙う人々によって騒乱が起こり、パウロはローマの軍隊に逮捕されました(21章17節以降)。この状況を打開したのは、パウロが生まれながらのローマ市民であったということでした。神さまは福音のために、わたしたちの過去や現在をいろいろな仕方でお用いになります。 

*** 

天の父なる神さま、あなたはわたしたちを知り、ご自分の恵みの御業のためにわたしたちをお用いになります。あなたがわたしたちに可能性を与えてくださることを覚えて、自分のなすべきことに励むものとならせてください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン

7/10/2022

この日も主と共に【600】使徒言行録より(42)

今、神とその恵みの言葉とにあなたがたをゆだねます。この言葉は、あなたがたを造り上げ、聖なる者とされたすべての人々と共に恵みを受け継がせることができるのです。
(使徒言行録20章32節) 

*** 

パウロは《伝道旅行》に三度出かけました。最後にエルサレムに向かう途上で、パウロはエフェソの教会の長老たちと会いました。彼は今生の別れを覚悟して、教会を困難に陥れる《残忍な狼ども》(29節)や《邪説を唱えて・・・従わせようとする者》(30節)について警告しました。その上で、どのような困難にも妨げられることのない《神とその恵みの言葉》に彼らを委ねました。それは今のわたしたち、また教会・小隊にとっても、変わらぬ確かな土台です。 

*** 

天の父なる神さま、あなたの恵みの御言葉によってわたしたちを支えてください。教会・小隊を力づけてください。そして、神の作品として造り上げてください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン

7/09/2022

この日も主と共に【599】使徒言行録より(41)

パウロは・・・ティラノという人の講堂で毎日論じていた。このようなことが二年も続いたので、アジア州に住む者は、ユダヤ人であれギリシア人であれ、だれもが主の言葉を聞くことになった。(使徒言行録19章9、10節) 

*** 

エフェソの町を訪ねたパウロは、反対する人々がいたためにユダヤ人の《会堂》を使って伝道することができませんでした。そこでティラノという人の《講堂》に移り、福音を伝えました。そうしたところ彼は二年間《毎日》伝道することができ、さまざまな民族の人々が《主の言葉》を聞きました。困難な状況の中でも、神さまは福音を広く伝えるために新しい道を作られました。 *

*** 

天の父なる神さま、わたしたちの目には困難や障害に映る状況においても、あなたは新しい道を通すことがおできになります。わたしたちの生活の場を、あなたの恵みと力が新しく現れるところとしてください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン 

7/08/2022

7月10日(日)聖別会(日曜礼拝)のお知らせ

 聖別会(日曜礼拝)

7月10日(日)午前11時より

ペトロの手紙一 1章1~2節

「信仰の旅路」


※ 約1時間のプログラムです

※ 開始に先立って10時45分より賛美と祈りの時を持っています

※ 出席に際しては新型コロナ感染予防のため検温・消毒等のご協力をお願いいたします

※ 聖書は『聖書新共同訳』(日本聖書協会)、賛美は『救世軍歌集』を使用しています。備え付けがありますので、お持ちでない場合もそのままお出かけください。


この日も主と共に【598】使徒言行録より(40)

恐れるな。語り続けよ。黙っているな。わたしがあなたと共にいる。だから、あなたを襲って危害を加える者はない。この町には、わたしの民が大勢いるからだ。
(使徒言行録18章9、10節) 

*** 

パウロはアテネの次にコリントを訪れましたが、迫害や拒否が続いたせいか、「衰弱していて、恐れに取りつかれ、ひどく不安」になっていました(第一コリント2章3節)。そのようなパウロに復活されたイエスさまは語りかけ、励まされました。パウロはすでに主の恵みと助けが備えられていることを知って勇気を取り戻し、一年六か月の間コリントに留まり、人々に神の言葉を教えました(11節)。 

*** 

天の父なる神さま、あなたはわたしたちの歩みの先に立っておられ、必要な恵みと助けを備えていてくださいます。あなたの愛の取り計らいを信じて、あなたの御心と共に歩み続けるものとならせてください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン

この日も主と共に【597】使徒言行録より(39)

あなたがたが知らずに拝んでいるもの、それをわたしはお知らせしましょう。世界とその中の万物とを造られた神が、その方です。(使徒言行録17章23、24節) 

*** 

アテネの町を訪ねたパウロは、《至るところに偶像があるのを見て憤慨》しました(13節)。ただし、パウロはアテネの人々を非難はせず、《『知られざる神に』と刻まれている祭壇》を糸口にして(23節)、まことの神さまを宣べ伝えました。日本の救世軍の草分けである山室軍平中将も、日本人の信仰心を論評することよりも、聖書が伝える神さまこそが『信じてまことに甲斐(かい)のあるお方』であると伝えることに心を砕きました。福音の柔軟さを学びたいと思います。 

*** 

天の父なる神さま、あなたの愛の深さ、救いの大きさをこれからも教えてください。あなたの恵みによって心を広げられ、柔軟な言葉と行いを育み、福音がそのままに伝わることを大切にできる歩みを導いてください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン

7/07/2022

この日も主と共に【596】使徒言行録より(38)

真夜中ごろ、パウロとシラスが賛美の歌をうたって神に祈っていると、ほかの囚人たちはこれに聞き入っていた。 (使徒言行録16章25節) 

*** 

パウロは新しい仲間(シラス、テモテ、ルカ)と共に第2回目の伝道旅行を開始しました(6節)。パウロとシラスはフィリピの町で捕らえられてしまいましたが(16~24節)、牢屋の中でも賛美と祈りを続けました。また、牢屋の中でも「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたも家族も救われます」と語り(31節)、看守とその家族がイエスさまを信じました。二人はイエスさまを信頼して心を確かにし、周囲の状況によって動揺することはありませんでした。 

*** 

天の父なる神さま、さまざまな出来事が起こるとしても揺らがされず、御子イエスの変わることのない救いを信じ、確かな心で立つものとならせてください。わたしたちの賛美と祈りを励まし、平安と力に与らせてください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン

7/06/2022

この日も主と共に【595】使徒言行録より(37)

人の心をお見通しになる神は、わたしたちに与えてくださったように異邦人にも聖霊を与え・・・彼らの心を信仰によって清め、わたしたちと彼らとの間に何の差別をもなさいませんでした。(使徒言行録15章8、9節) 

*** 

エルサレムの教会において会議が開かれました。イエスさまを信じた異邦人はユダヤ人のように《モーセの慣習に従って割礼を受けなければならない》と主張する人々が現れたからです(1、5節)。話し合いの結果、どの民族の人でも《主イエスの恵みによって救われる》という信仰の土台を確認することができました(11節)。教会・小隊は人間の同調圧力によってではなく、すべての人に開かれているイエス・キリストの救いの恵みによって成り立っています。 

*** 

天の父なる神さま、信仰と称して人との間に隔て作ってしまう危険からお守りください。御子イエスの救いを確かな土台としつつ、柔軟に歩むものとならせてください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン

7/05/2022

この日も主と共に【594】使徒言行録より(36)

・・・生ける神に立ち帰るように、わたしたちは福音を告げ知らせているのです。この神こそ、天と地と海と、そしてその中にあるすべてのものを造られた方です。・・・恵みをくださり、天からの雨を降らせて実りの季節を与え、食物を施して、あなたがたの心を喜びで満たしてくださっているのです。(使徒言行録14章15、17節) 

*** 

バルナバとパウロはアンティオキアの教会から出発し、各地を訪れて福音を伝える「伝道旅行」を行いました(13、14章)。彼らはユダヤ教の背景を持つ人々に対しては旧約聖書をひも解き、その他の場所においては地元の人々の歴史や文化に沿って言葉を選び、どちらにも福音を伝えました。 

*** 

天の父なる神さま、あなたはすべての人を愛し、救うためにわたしたち教会(小隊)をお用いになります。御子イエスの福音が人々の心に届くように、ふさわしい言葉と行いを備えることができるように助け、導いてください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン

7/04/2022

この日も主と共に【593】使徒言行録より(35)

迫害のために散らされた人々は・・・ユダヤ人以外のだれにも御言葉を語らなかった。しかし、彼らの中にキプロス島やキレネから来た者がいて、アンティオキアへ行き、ギリシア語を話す人々にも語りかけ、主イエスについて福音を告げ知らせた。(使徒言行録11章19、20節) 

*** 

教会に対する迫害のために、弟子たちは各地に散らされました。しかし、そのことによって、かえって福音が広く伝えられることとなりました。とくにアンティオキアという町に生まれた教会には、さまざまな民族の人が集まったようです。この教会で《弟子たちが初めてキリスト者と呼ばれるように》なりました(26節)。イエスさまを信じる者はどの人もみな、「キリストのもの」です。 

*** 

天の父なる神さま、《キリスト者》という人生を与えてくださったことを感謝します。御子イエスのものとして心と体を守り、歩むことができるように助けてください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン

7/02/2022

この日も主と共に【592】使徒言行録より(34)

〔ペトロは言った。〕神は人を分け隔てなさらないことが、よく分かりました。どんな国の人でも、神を畏れて正しいことを行う人は、神に受け入れられるのです。 (使徒言行録10章34、35節) 

*** 

ペトロはローマの百人隊長コルネリウスを訪ねました。彼はローマ人でしたが神を信じていました。当時ユダヤ人は異邦人との交際を避けていましたが(28節)、ペトロはイエス・キリストが《すべての人の主》であると確信を深め(36節)、コルネリウス一家を信仰に導きました。ペトロの報告を聞いた教会の人々は、《神は異邦人をも悔い改めさせ、命を与えてくださった》と神を賛美しました(11章18節)。 

*** 

天の父なる神さま、御子イエスがすべての人の救いとなってくださったことを感謝します。わたしたちの人生をあなたの恵みと平和をもって覆ってください。世界で今も続いている対立や争いにあなたの平和を現してください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン

7/01/2022

この日も主と共に【591】使徒言行録より(33)

アナニアは出かけて行ってユダの家に入り、サウロの上に手を置いて言った。「兄弟サウル、あなたがここへ来る途中に現れてくださった主イエスは、あなたが元どおり目が見えるようになり、また、聖霊で満たされるようにと、わたしをお遣わしになったのです。」(使徒言行録9章17節) 

*** 

サウロは神を熱心に信じていましたが、イエスさまが神の御子であり、救い主であることを受け入れることができませんでした。しかし、迫害者を《兄弟》と呼ぶことのできる教会の祈りと交わりがアナニアによって伝えられた時、サウロはイエスさまがどのようなお方であるかを知り、信じることができました。イエス・キリストを信じることと、教会(小隊)につながることとは深く結びついています。 

*** 

主イエスよ、あなたを深く知り、あなたと共に生きるために、あなたは教会(小隊)を集め、ご自分の体としてお用いになります。わたしたちの祈りと交わりを励まし、あなたの招きを伝えるものとしてください。アーメン