12/31/2020

新しい年に備えて【5】

わたしは、あなたたちのために立てた計画をよく心に留めている、と主は言われる。
それは平和の計画であって、災いの計画ではない。将来と希望を与えるものである。 
(エレミヤ書 29章11節)

神さま、
あなたが一年、わたしたちと共にいてくださったこと、また、家族や友、主にある兄弟姉妹を通して、わたしたちを一人にせずに歩みを支えてくださったことを感謝します。今、多くの人が困難や課題に向かい合いながら、新しい年に向かおうとしています。あなたの平和を現わしてください。あなたを仰ぎ、将来と希望を見出すものとしてください。わたしたちの小さな歩みをも、あなたの平和のためにお用いください。
主の御名によってお祈りいたします。アーメン

12/30/2020

新しい年に備えて【4】

 あなたがたの信仰と希望とは神にかかっているのです。・・・あなたがたは、朽ちる種からではなく、朽ちない種から、すなわち、神の変わることのない生きた言葉によって新たに生まれたのです。
(ペトロの手紙一 1章21、23節) 

神さま、
あなたは、わたしたちに福音(よい知らせ)を告げてくださいます。復活された御子と共に、死から命へ向かって生きるようにと招いてくださいます。どうか、あなたの御言葉を聴き、生き生きとした力を命に得て歩むものとならせてください。あなたがわたしたちの希望の拠り所となってくださることを感謝します。
主の御名によってお祈りいたします。アーメン

12/29/2020

新しい年に備えて【3】

見よ、わたしは新しい天と新しい地を創造する。・・・ 代々とこしえに喜び楽しみ、喜び躍れ。 わたしは創造する。 見よ、わたしはエルサレムを喜び躍るものとして その民を喜び楽しむものとして、創造する。
(イザヤ書 65章17、18節)

神さま、
あなたは、新しいことを創造し、また、なし遂げるお方です。御子イエスによってわたしたちの罪を赦し、神の子として生きるものとしてくださいました。これからも、あなたの御手で一日一日を作り上げてください。いま置かれている状況のなかで、あなたからくる喜びを受け取り、力を得て歩むものとしてください。
主の御名によってお祈りいたします。アーメン

12/28/2020

新しい年に備えて【2】

わたしの魂よ、主をたたえよ。 主の御計らいを何ひとつ忘れてはならない。 主は・・・慈しみと憐れみの冠を授け 長らえる限り良いものに満ち足らせ 鷲のような若さを新たにしてくださる。
(詩編 103編2、4、5節) 

神さま、
一年が終わろうとしているこのとき、自分の歩みをふり返ることのできる心の静けさをお与えください。これまでの一つ一つの出来事に、あなたの御計らいがあったことを見分けることのできる目をお与えください。そして、これからもあなたの愛と御力を受けとめる場所を心に備え、保つものとしてください。
主の御名によってお祈りいたします。アーメン

12/26/2020

新しい年に備えて【1】

イエスは言われた。「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない。」
(ヨハネによる福音書 14章6節) 

神さま、
一週間が終わろうとしています。目的や計画を果たせたことがありました。しかし、新型ウイルスによる病の流行をはじめ、予測のつかない状況に関わらなくてはならないこともありました。どちらにおいても、主イエスが「道」でいてくださり、わたしたちの歩みを天にまで至らせてくださることを感謝します。主ご自身が歩むべき道のりを開いてくださることを覚え、祈りと信頼をもって新しい週に向かわせてください。
主の御名によってお祈りいたします。アーメン

12/25/2020

アドベント & クリスマスの祈り【25】

シメオンは幼子を腕に抱き、神をたたえて言った。
「・・・これは万民のために整えてくださった救いで、
異邦人を照らす啓示の光、
あなたの民イスラエルの誉れです。」
(ルカによる福音書2章28、31、32節) 

神さま、
わたしたちを照らす光、わたしたちの救いとして、御子が来てくださったことを感謝します。シメオンは御子を抱いて、賛美に満たされました。わたしたちも、幼子となって来てくださった主イエスを心に抱き、天にまなざしを向けるものとしてください。主イエスによって心を照らし、これからの歩みをも導いてください。
主の御名によってお祈りいたします。アーメン

クリスマスの賛美 ~ もろびとこぞりて

クリスマスおめでとうございます イエス・キリストのご降誕をお祝いいたします。クリスマスの賛美をお送りします。

 

『もろびとこぞりて / おどろくばかりの』 

今年のクリスマスに、これからの歩みに、神様の祝福がありますように

ブライアン・ぺドル大将による聖書メッセージ(2020年クリスマスにあたり)

ペドル大将がインターネット(Facebook)から
発信された聖書メッセージ

要旨を以下にご紹介します

 

 

2020年の最後の月にあたり、この一年がユニークで、興味深く、そして挑戦的な年であったと述べるならば、多くの方がうなずいてくださると思います。

わたしたちは今もなお、パンデミック〔新型ウイルスの世界的流行〕のなかで生きています。予想もしなかったことが、今も、わたしたちの生活に影響を及ぼしています。 

この一年間、地域社会が一つにまとまり、弱い立場に置かれている人々、必要を抱えている人々、保護を必要としている人々のケアを支えてきました。それらのなかに、人間性(ヒューマニティー)の最高の姿を目撃してきました。 

しかしまた、人間性(ヒューマニティー)の最悪の姿も見てきました。人種差別によって犠牲になった命がありました。また、〔人種差別による暴力に反対する〕抗議活動が、参加者のさまざまな意見の違いから、かえって 暴力を伴うものとなってしまいました。 

こういったことの一つ一つによって、わたしたちは鼓舞されたり、あるいは、疲れ果てたりと、両方を経験しています。

 ***** 

イエスが「平和の君」として来られた、わたしたちの世界は、混乱し、複雑にからみ合い、 たえず変化し、不確実で、人々を困惑させるような世界です。 

イエスは、政治の体制や制度の硬直した宗教が偏見を持ち、抑圧的になり得ることをよく 知っておられました。そして、〔そのようなことによってご自分も〕苦しみを味わわれました。 イエスが生きておられたのは二千年も前のことですが、彼の言葉は、今もなお現実的な妥当性があります。なぜなら、彼は神の御子であり、〔この世界を〕 永遠という視点から見ておられたからです。 

***** 

それならば、イエスは平和についてどのように教えておられるでしょうか。

イエスが宣教の働きを開始されたときに、山上の説教の中で次のように言われました。 

平和を実現する人々は、 幸いである、 その人たちは 神の子と呼ばれる。 (マタイ5・9)

また、ご自分が〔十字架の死によって〕弟子たちのもとから去っていくこと、また、〔天に昇られた後に、〕約束された聖霊が降ることについて、弟子たちに備えさせるために、次のようにも語られました。 

わたしは、平和をあなたがたに残し、わたしの平和を与える。わたしはこれを、世が 与えるように与えるのではない。心を騒がせるな。おびえるな。(ヨハネ14・27) 

このように語られたイエスは、風と波に対して、「黙れ。静まれ」と言われたお方でもあります(マルコ4・39)。

 また、シモンの家で、ご自分の足に油を注いだ女に対して、イエスは「あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい」(ルカ7・50)と語られました。 

また、多くのことを弟子たちに教えたのちに、イエスは次のように話されました。 

これらのことを話したのは、あなたがたがわたしによって平和を得るためである。 あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている。(ヨハネ16・33) 

天の使いはイエスの誕生を告げるときに、「いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、御心に適う人にあれ」と賛美しました(ルカ2・14)。 

また、イエスが復活後に弟子たちに姿を現わされた時には、「あなたがたに平和があるように」と告げられました(ヨハネ20・21)。

 イエスが地上において、際立った存在であるゆえんは、「平和」にあります。(♰)

 ***** 

神の平和を他の人々と分かち合うことが、イエスのしようとされていたことであることは明らかです。わたしたちも、イエスに従う者たちとして、同じようにしなければなりません。 

しかし、わたしたちは、まず自分自身のために平和を得ていなければ、他の人々と分かち合うことはできません。 

それゆえ、わたしたちに必要なことは、神との関係の中で生きることを確かにしていくことであり、また、自分たちの理解を越えるようなことであるとしても、神の平和を受け取っていくことです。不思議なことですが、この平和が、わたしたちの「心と考えとをキリスト・イエスによって守」ってくれるのです(フィリピ4・7)。 

このようにわたしたちの焦点を神に定め(イザヤ26・3)、 〔神の〕平和を受けとめることによって、わたしたちは、人生の嵐の中でも神の平和を経験することができ、その平和を人々と分かち合うことができるようになります。

そして、わたしたちが平和を現すもの、平和をもたらすもの、平和を築くものとなるならば、「神の子」と呼ばれます〔参照 マタイ5・9〕。なぜなら、その時、わたしたちはまさしく神の本質であり、神の性質であるものを人々と分かち合っていることになるからです。

 ***** 

それですから、このアドベントの季節、さらにこの後にも、わたしたちは《平和の民》でありたいと願います。 

聖霊がわたしたちのうちに 宿っておられますから、どうかわたしたちの存在自体が、その居る場所、状況、暮らしに平和をもたらすものであるようにと願います。

また、わたしたちは神の御言葉を分かち合うものとされていますから、どうかわたしたちの言葉が平和の言葉となるようにと願います。 

みなさんがどこにいようとも、どのような状況に置かれるとしても、今、神の平和を経験することができますように。

 (訳 立石真崇) 

※本紙は、小隊における祈りの資料として、個人で訳出したものです。 日本語の読みやすさを考慮して日本語を補った箇所があり、〔 〕で区別しています。また、今回は日本語で内容の流れをたどりやすくするために一部、文章の位置を移動し、(♰)でしるしをつけています。

12/24/2020

アドベントの祈り【24】

神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。神が御子を世に遣わされたのは、世を裁くためではなく、御子によって世が救われるためである。
(ヨハネによる福音書3章16、17節)

神さま、
あなたは、わたしたちに永遠の命を得させるために、御子イエスを与えてくださいました。あなたのかぎりのない愛のしるしである、御子を感謝します。ひと時の喜びとしてではなく、あなたと共に生きる新しい一歩として、御子を受け入れ、クリスマスを迎えるものとしてください。
主の御名によってお祈りいたします。アーメン

アドベントの賛美【26】あら野のはてに

まもなくクリスマスを迎えます。 このときを過ごすにあたり賛美をお送りします。

 

『あら野のはてに』 

クリスマスに向かう歩みに、神様の祝福がありますように

12/23/2020

歳末助け合い「社会鍋」

救世軍では毎年、クリスマス・年末のシーズンに、歳末助け合い募金「社会鍋」を実施しています。 


 今年は新型コロナウイルス感染拡大防止のために、実施する期間や時間帯を縮小しています。 

安全に注意しつつ、今年もまた、神の愛が広がる働き、また、みなさまの善意の受け皿となることを願い街角に立っています。 

神戸では先週と今週、実施しています。 

残りの予定は、

本日23日(水)、25日(金)

大丸神戸店のトアロード側付近にて

午後2時~午後4時の予定

で行います。 

どうぞご協力をお願いいたします。

アドベントの賛美【25】The Infant King

クリスマスに備える「アドベント、待降節」の期間に入りました。 このときを過ごすにあたり賛美をお送りします。

 

『The infant king』 

クリスマスに向かう歩みに、神様の祝福がありますように

アドベントの祈り【23】

・・・ 東方で見た星が先立って進み、ついに幼子のいる場所の上に止まった。学者たちはその星を見て喜びにあふれた。家に入ってみると、幼子は母マリアと共におられた。彼らはひれ伏して幼子を拝み、宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた。
(マタイによる福音書 2章9~11節)

 神さま、
星に導かれた学者たちは、長い旅の末に御子イエスとお会いし、喜びのなかで祈りと宝を献げました。どうぞわたしたちも、イエス・キリストを中心にして喜び合う輪に連なるものとしてください。御子イエスと向かい合あいながら、最善の自分を表すものとしてください。
主の御名によってお祈りいたします。アーメン

12/22/2020

アドベントの祈り【22】

占星術の学者たちが東の方からエルサレムに来て、言った。「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。わたしたちは東方でその方の星を見たので、拝みに来たのです。」
(マタイによる福音書2章1、2節) 

神さま、
東の国の学者たちは、天に輝いた星に心を留め、御子にお会いするために長い旅路を進みました。彼らは、目的地にすぐにたどり着くことができなくとも、希望を失わず、忍耐強く進みました。わたしたちも彼らと同じように、希望と忍耐と共に人生の旅路を進むものとしてください。そして、地上を越えて天まで、神の御国にまで至らせてください。
主の御名によってお祈りいたします。アーメン

アドベントの賛美【24】Away in a manger かいばのおけで

クリスマスに備える「アドベント、待降節」の期間に入りました。 このときを過ごすにあたり賛美をお送りします。

 

『Away in a manger かいばのおけで』 

クリスマスに向かう歩みに、神様の祝福がありますように

12/21/2020

アドベントの賛美【23】神のお子のイエスさまは

クリスマスに備える「アドベント、待降節」の期間に入りました。 このときを過ごすにあたり賛美をお送りします。

 

『神のお子のイエスさまは』 

クリスマスに向かう歩みに、神様の祝福がありますように

アドベントの祈り【21】

あなたがたは皆、信仰により、キリスト・イエスに結ばれて神の子なのです。洗礼を受けてキリストに結ばれたあなたがたは皆、キリストを着ているからです。
(ガラテヤの信徒への手紙 3章26、27節)
 

神さま、
あなたの独り子、イエス・キリストが人となってこの世にお生まれになったのは、わたしたちもまた神の子として新しく生まれるためでした。わたしたちを愛し、新しく生きるようにと招いてくださることを感謝します。御子と共に、あなたの愛と共に、新しい一歩を進み出させてください。
主の御名によってお祈りいたします。アーメン

12/20/2020

アドベントの賛美【22】きよしこのよる

クリスマスに備える「アドベント、待降節」の期間に入りました。 このときを過ごすにあたり賛美をお送りします。

 

『きよしこのよる』 

クリスマスに向かう歩みに、神様の祝福がありますように

アドベントの祈り【20】

羊飼いたちは ・・・ マリアとヨセフ、また飼い葉桶に寝かせてある乳飲み子を探し当てた。その光景を見て、羊飼いたちは、この幼子について天使が話してくれたことを人々に知らせた。 ・・・ 見聞きしたことがすべて天使の話したとおりだったので、神をあがめ、賛美しながら帰って行った。
(ルカによる福音書 2章16、17、20節) 

神さま、
あなたの御言葉は、羊飼いたちを変えました。あなたを信頼して行動を起こし、根気強く探し求め、人々に大胆に語り、あなたを賛美するものになりました。どうか、わたしたちも、あなたの恵みの証言者となり、新しく生きる喜びに連ならせてください。
主の御名によってお祈りいたします。アーメン

12/19/2020

アドベントの祈り【19】

 天使は言った。
「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。」
(ルカによる福音書2章10、11節) 

神さま、
あなたは、すべての人のための大きな喜びとして、御子をこの世に遣わされました。そして、御子によって、わたしたちがあなたを知って生きるものとなることを、あなたはご自分の喜びとされます。自分や周囲によって得られる喜びもありますが、それらにまさって広く豊かな、イエス・キリストと出会いの喜びに与らせてください。
主の御名によってお祈りいたします。アーメン

アドベントの賛美【21】あめにはさかえ

クリスマスに備える「アドベント、待降節」の期間に入りました。 このときを過ごすにあたり賛美をお送りします。

 

『あめにはさかえ』 

クリスマスに向かう歩みに、神様の祝福がありますように

12/18/2020

アドベントの賛美【20】おほしがひかる

クリスマスに備える「アドベント、待降節」の期間に入りました。 このときを過ごすにあたり賛美をお送りします。

 

『おほしがひかる』 

クリスマスに向かう歩みに、神様の祝福がありますように

アドベントの祈り【18】

すると、突然、この天使に天の大軍が加わり、
神を賛美して言った。
「いと高きところには栄光、神にあれ、
地には平和、御心に適う人にあれ。」
(ルカによる福音書 2章13、14節) 

神さま、
あなたは最初のクリスマスの日に、この世に賛美を響き渡らせてくださいました。それは天と地をつなげる賛美、あなたの栄光とわたしたちの平和を結び合わせる賛美でした。今、病気やさまざまな対立・分裂が影を落とす世界において、あなたの平和をこの地に新た現わしてください。わたしたちの心を引き上げ、御子を喜ぶ賛美に加わらせてください。
主の御名によってお祈りいたします。アーメン

12/17/2020

アドベントの賛美【19】ああベツレヘムよ

クリスマスに備える「アドベント、待降節」の期間に入りました。 このときを過ごすにあたり賛美をお送りします。

 

『ああベツレヘムよ』 

クリスマスに向かう歩みに、神様の祝福がありますように

アドベントの祈り【17】

神は、独り子を世にお遣わしになりました。その方によって、わたしたちが生きるようになるためです。ここに、神の愛がわたしたちの内に示されました。わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して、わたしたちの罪を償ういけにえとして、御子をお遣わしになりました。ここに愛があります。(ヨハネの手紙一 4章9、10節) 

神さま、
あなたは、ご自分の愛を高遠なもの、わたしたちの手の届かないものとはなさいませんでした。御子イエスを与えて、わたしたちのための愛を明らかにしてくださいました。御子を受け入れ、あなたの愛を『今、ここにある』ものとして知る喜びを得させてください。
主の御名によってお祈りいたします。アーメン

12/16/2020

アドベントの賛美【18】スウィート・チャイミング・クリスマス・ベル

クリスマスに備える「アドベント、待降節」の期間に入りました。 このときを過ごすにあたり賛美をお送りします。

 

『スウィート・チャイミング・クリスマス・ベル』 

クリスマスに向かう歩みに、神様の祝福がありますように

アドベントの賛美【17】みつかいうたいて(グリーンスリーブス)

クリスマスに備える「アドベント、待降節」の期間に入りました。 このときを過ごすにあたり賛美をお送りします。

 

ピアノ演奏 『みつかいうたいて(グリーンスリーブス)』 

クリスマスに向かう歩みに、神様の祝福がありますように

アドベントの祈り【16】

キリストは・・・人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。このため、神はキリストを高く上げ、あらゆる名にまさる名をお与えになりました。 (フィリピの信徒への手紙 2章7~9節) 

神さま、
御子イエスがこの世に来られたのは、ご自分の命を犠牲にしてわたしたちの罪を赦し、神と共に生きるものとするためでした。クリスマスは、御子の命がけの御業の始まりであり、また、わたしの救いの始まりであることを深く悟らせてください。クリスマスから御子の十字架と復活にまで貫かれている救いの道を見出し、御子を賛美するひとりとしてください。
主の御名によってお祈りいたします。アーメン

12/15/2020

アドベントの祈り【15】

キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。(フィリピの信徒への手紙 2章6、7節)

神さま、
御子は人間のようにではなく、まことにわたしたちと同じ者となってお生まれになりました。御子の姿に、わたしたちのすべてを背負ってくださる愛があります。また、神と共に生きることを可能にする新しい命があります。わたしたちのために自ら僕(しもべ)になってくださった御子に感謝し、このお方の招かれる道に従うものとならせてください。
主の御名によってお祈りいたします。アーメン

12/14/2020

アドベントの祈り【14】

御子は、神の栄光の反映であり、神の本質の完全な現れであって、万物を御自分の力ある言葉によって支えておられますが、人々の罪を清められた後、天の高い所におられる大いなる方の右の座にお着きになりました。 (ヘブライ人への手紙 1章3節) 

神さま、
御子イエス・キリストがこの世にお生まれになったとき、見ず知らずの場所に来られたのではありませんでした。すでに愛し、創り、支えておられた場所として、わたしたちの間に来てくださいました。今この時この状況も、御子の支えがあることを思い、あなたの愛と守りを受け入れて歩むものとしてください。
主の御名によってお祈りいたします。アーメン

アドベントの賛美【16】ユダヤののべから

クリスマスに備える「アドベント、待降節」の期間に入りました。 このときを過ごすにあたり賛美をお送りします。

 

ピアノ演奏 『ユダヤののべから』 

クリスマスに向かう歩みに、神様の祝福がありますように

アドベントの賛美【15】もみの木

クリスマスに備える「アドベント、待降節」の期間に入りました。 このときを過ごすにあたり賛美をお送りします。

nbsp;

ピアノ演奏 『もみの木(O Christmas Tree)』 

クリスマスに向かう歩みに、神様の祝福がありますように

12/13/2020

アドベントの祈り【13】

しかし、時が満ちると、神は、その御子を女から、しかも律法の下に生まれた者としてお遣わしになりました。それは、律法の支配下にある者を贖い出して、わたしたちを神の子となさるためでした。(ガラテヤの信徒への手紙 4章4、5節) 

神さま、
あなたは、わたしたちのために時を定めて、御子をこの世に与えてくださいました。御子が、わたしたちを罪と死の闇から救い出し、神の子として生きる新しい始まりを与えてくださったことを感謝します。人生の一つ一つの時に、あなたの愛の裏付けをいただいて歩むものとならせてください。
主の御名によってお祈りいたします。アーメン

12/12/2020

アドベントの祈り【12】

ところが、彼らがベツレヘムにいるうちに、マリアは月が満ちて、初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。
(ルカによる福音書 2章6、7節) 

神さま、
世界で最初のクリスマスとなった日、ヨセフとマリアには泊まる宿屋がありませんでした。そして、御子は飼い葉桶に寝かされました。それは、たとえわたしたちがどのようであろうとも、わたしたちのために、わたしたちと共に生きてくださるという愛のしるしでした。御子を心に受け入れ、あなたの愛に心を開くものとしてください。
主の御名によってお祈りいたします。アーメン

アドベントの賛美【14】Infant Holy

クリスマスに備える「アドベント、待降節」の期間に入りました。 このときを過ごすにあたり賛美をお送りします。

 

ピアノ演奏 『インファント・ホーリー(Infant Holy)』 

クリスマスに向かう歩みに、神様の祝福がありますように

アドベントの賛美【13】In the bleak midwinter

クリスマスに備える「アドベント、待降節」の期間に入りました。 このときを過ごすにあたり賛美をお送りします。

 

ピアノ演奏 イン・ザ・ブリーク・ミッドウィンター(In the bleak midwinter) 

クリスマスに向かう歩みに、神様の祝福がありますように

12/11/2020

アドベントの祈り【11】

「見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。
その名はインマヌエルと呼ばれる。」
この名は、「神は我々と共におられる」という意味である。
(マタイによる福音章書1章23節) 

*** 

神さま、
あなたは、わたしたちと共におられることを御心に定められ、御子を遣わされました。今、病、災害、対立によって、多くの人の関わりが傷つき、壊されています。不安と苦しみが人々をとらえ、自分で自分自身を見放してしまうような闇が迫ります。どうぞ、わたしたちの命に寄り添ってください。そして、御子イエスが共におられる平安と希望が世に輝き出ますように、わたしたちの小さな歩みと働きをも用いてください。
主の御名によってお祈りいたします。アーメン

12/10/2020

アドベントの賛美【12】うれしい うれしい クリスマス

クリスマスに備える「アドベント、待降節」の期間に入りました。 このときを過ごすにあたり賛美をお送りします。

 

ピアノ演奏 うれしい うれしい クリスマス 

クリスマスに向かう歩みに、神様の祝福がありますように

アドベントの祈り【10】

マリアは言った。
「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように。」
そこで、天使は去って行った。
(ルカによる福音書 1章38節) 

神さま、
マリアは、あなたの御言葉を受け入れました。天使は去りましたが、このときから、御子が彼女のうちに来てくださいました。わたしたちも、あなたに信頼し、あなたの恵み深さを自分のこととして知ることができますように。あなたの御言葉を受け入れ、そして、御子が共に生きてくださる、主のしもべの幸いに与らせてください。
主の御名によってお祈りいたします。アーメン

12/09/2020

アドベントの賛美【11】まきびとひつじを

クリスマスに備える「アドベント、待降節」の期間に入りました。 このときを過ごすにあたり賛美をお送りします。

 

ピアノ演奏 まきびとひつじを(四拍子) 

クリスマスに向かう歩みに、神様の祝福がありますように

アドベントの賛美【10】エサイの根より

クリスマスに備える「アドベント、待降節」の期間に入りました。 このときを過ごすにあたり賛美をお送りします。

 

ピアノ演奏 エサイの根より 

クリスマスに向かう歩みに、神様の祝福がありますように

アドベントの祈り【9】

御使いは答えて言った。
「・・・ご覧なさい。あなたの親類のエリサベツも、
あの年になって男の子を宿しています。
不妊の女といわれていた人なのに、
今はもう六か月です。
神にとって不可能なことは一つもありません。」
(ルカによる福音書1章36、37節) 

*** 

神さま、
あなたに不可能なことはありません。それゆえ、御子イエスを人とならせ、限りない愛と救いを現わしてくださいました。また、御子ご自身も「わたしを信じる者は、死んでも生きる」と語られました(参照 ヨハネ11:25)。あなたの豊かな可能性を自分の人生に受け入れ、喜びが広がる歩みを進ませてください。
主の御名によってお祈りいたします。アーメン

12/07/2020

ブライアン・ペドル大将によるメッセージ(12月6日のため)

ブライアン・ペドル大将による
インターネット(Facebook)のメッセージ
以下に要旨を紹介します

 

クリスマスは、わたしたちの祝祭のなかで、光が重要な役割を持つときです。

世界の多くの場所で、色とりどりの光によって家庭やクリスマスツリーに華やかさに、楽しそうに彩られています。こういった光は、わたしたちがイエスの誕生を祝うときの助けにもります。

また、暗い場所では、光はわたしたちの道案内となります。闇の中で輝き、進むべき道を見つけるのに役立ちます。それですから、アドベントの第二週目は、「光」を表すロウソクを灯しましょう。

###

このアドベントの期間、わたしたちはヨハネによる福音書の冒頭の御言葉に心を向けています。 1節に、次のようにありました。 

初めに言(ことば)があった。
言は神と共にあった。
言は神であった。(1節) 

ヨハネはさらに続いて、「の光は、まことの光で、世に来てすべての人を照らす」のだと語りました(9節)。 まことの光とは、イエス・キリストです。 

イエスご自身も、公の活動のなかで群衆に向かって語られたことがありました。 

わたしは世の光である。
わたしに従う者は暗闇の中を歩かず、命の光を持つ。
(8章12節) 

〔神からの〕使命を果たすことによって、イエスは暗い場所に光を投じられたのでした。彼は不正を暴き、弱い人々に対する非人道的な扱いを明るみに出されます。また、彼は何がほんとうに大切なことなのかを照らし出してくださいます。

これらのようなこと対しては反対するものたちもいます。なぜなら闇の方を好む人々や組織が存在するからです。それゆえ、闇の力は世の光を消し去ろうとするのですが、ヨハネは福音として次のように語ります。 

光はやみの中に輝いている。
そして、やみはこれに勝たなかった。
(ヨハネ1章5節、口語訳) 

イエスの十字架〔の死に明らかになった闇の力〕は、光に打ち勝つものではありませんでした。死は世の光を消し去ることはできませんでした。〔死から〕復活されたキリストは、今もご自身の光を輝かせておられます。 

###

その〔イエス・キリストという光に目を向けることのできる〕よい機会に、キリスト教会は、世界で暗闇に覆われている所において福音の光を掲げています。

救世軍人であれば、1890年に創立者ウイリアム・ブースが著した書物を思い起こすことができるでしょう。『最暗黒の英国とその出路』です。ブースは、〔神の〕救いはこれからの世界ばかりでなく、現在の世界も含まれるという確信を強めていました。当時の救世軍人たちはイギリスの暗闇というべき場所、たとえば、子どもたちが労働に駆り出されるところや、うら若い女性が性的な奴隷として狙われるようなところに、光を照らしました。

ブースの著書は救世軍の内外を問わず人々の心をかき立て、若者が技術を身に着けて仕事に就けるような仕組みを生み出しました。ハドレー農場は、イギリスにおいて若者が仕事に就く準備をするために設立されたものであり、今日もその使命を果たしています。

『希望の道 Pathway of Hope』というプログラムも同様に、支援を必要とする家族に助けを提供するものであり、貧困の連鎖を断ち切るために行われています。

闇の中でも光は輝きます。そして、闇は光に打ち勝たなかったのです。 

### 

今年のクリスマスが近づいていますが、これまでの日々によって闇の深さが明らかになっています。じつに多くの人が貧困、貧困、人種差別、性的搾取という闇を経験しています。悲しいことに、このような時に闇を利用して利益を貪ろうとする人さえいます。 

わたしたちが自分の働き(ミッション)をすすめるときに、世の光について証しを担うものでありますように。 

どうかこのクリスマスのとき、キリストの光がわたしたちの歩みを導いてくださいますように。

そして、みなさんで今年のクリスマスの光を喜び祝うことができますように。

アドベントの賛美【9】われらはきたりぬ

クリスマスに備える「アドベント、待降節」の期間に入りました。 このときを過ごすにあたり賛美をお送りします。

 

ピアノ演奏 われらはきたりぬ 

クリスマスに向かう歩みに、神様の祝福がありますように

アドベントの賛美【8】わがこころは

クリスマスに備える「アドベント、待降節」の期間に入りました。 このときを過ごすにあたり賛美をお送りします。

 

ピアノ演奏 わがこころは 

クリスマスに向かう歩みに、神様の祝福がありますように

ブライアン・ペドル大将によるメッセージ(11月29日のため)

ペドル大将がインターネット(Facebook)から
発信された聖書メッセージ

要旨を以下にご紹介します

 

 

祈りと共にアドベントの季節を迎えました。

これからの四週間をかけて、キリスト教会は、キリストの到来(アドベント)、すなわちキリストがこの世界に来られたこと〔、そしてふたたび来られること〕に備えていきます。 

今日からしばらくの日曜日、 わたしたちはヨハネによる福音書の冒頭の御言葉に注意を向けたいと思います。 

ヨハネによる福音書は、力強い宣言をもって始まります。

初めに言(ことば)があった。
言は神と共にあった。
言は神であった。
この言は、初めに神と共にあった。
万物は言によって成った。
成ったもので、言によらずに 成ったものは
何一つなかった。
言の内に命があった。
命は人間を照らす光であった。 (ヨハネ1章1~4節) 

続く17節において、「言(ことば)」が誰を指しているのかが ついに明らかになります。それは、「イエス・キリスト」です。

それですから、わたしたちは次のようにしっかりと聞き取りましょう。 

初めに言(ことば)である イエス・キリストがおられた。
言であるイエス・キリストは、神と共におられた。
言であるイエス・キリストは、神であった。 

ヨハネが宣言していることは、三位一体の神のおひとり〔言(ことば)、イエス・キリスト〕が、銀河、海、大陸、植物、人間の 創造に関わっておられるということです。「万物は言によって 成った」のであり、「成ったもので、言によらずに成ったものは 何一つなかった」のです(3節)。 

***** 

これらの〔ヨハネによる福音書の〕初めの言葉はまた、「成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった」という確信も言い表しています(3、4節)。

後に、イエスご自身が次のように言われました。 

わたしが来たのは、羊が命を 受けるため、しかも豊かに受けるためである。 (ヨハネ10章10節) 

ヨハネによる福音書全体を通して、わたしたちは、「言(ことば)」〔であるイエス・キリスト〕がすべての命を、十分に満ち足りた状態で創造されるお方であることを見ることができます。イエスは目の見えない者の目を見えるようになさいました。足の不自由な者に力をお与えになりました。飢えている者に食物をお与えになりました。 

そして、イエスが命を創造されるために用いられた方法のひとつは、ご自分の言葉による創造です。イエスの言葉は、命を与える御言葉なのです。 

イエスが〔人間の〕救いのため使命を果たしていかれたとき、 イエスに背を向けて去った弟子たちがいました。そこで、イエスは十二弟子に向かって、あなたがたも去っていくのかとお尋ねになりました。

それに応答したペトロは次のように言いました。 

主よ、わたしたちはだれの ところへ行きましょうか。
あなたは永遠の命の言葉を 持っておられます。
(ヨハネ6章68節)
 

イエスの言葉は、命を与える御言葉なのです。 

***** 

アドベントの第一週のロウソクは、命のロウソクです。 

言葉は命を与えるものです。 しかし、よく考えてみると、言葉は〔命を〕破壊することもあります。 

わたしが気にかかっており、 みなさんと分かち合いたいのは、この世界の非常に多くの若者が言葉によって傷ついているということです。あまりに多くの若者が言葉によって、追いやられ、 軽蔑され、励まされるどころか 落胆を味わわされています。現代の多くの若者が『ネットいじめ』によって傷ついています。憎悪に満ちたメッセージが匿名で飛び交い、若者を傷つけています。 

〔これに対して、〕ヨハネによる福音書の冒頭の御言葉にあるように、言(ことば)が神と共にあり、神であったということは 非常に重要です。なぜなら、それは人格的な交流(コミュニケー ション)を意味しているからです。 

イエスは、匿名の文字のら列の背後に隠れるお方ではありません。キリストの言葉は公に語られる言葉であり、その言葉の一つ 一つにはイエスの御名が伴っています。イエスの言葉は、命を 与える御言葉です。 

これからアドベントの期間を過ごすにあたり、わたしたちは 自分の言葉遣いを注意深くふり返りましょう。そして、〔イエス・キリストによって、〕わたしたちの言葉が命をもたらす言葉に なるように祈り求めましょう。

 世界の救世軍人が長らく親しんできた、ゴワンズ大将とラーソン大将による賛美の歌があります。この賛美の歌詞もまた命をもたらす言葉となり、わたしたちのアドベントの歩みの支えとなるようにと願います。 

彼は、わたしたちに完全な命を与えるために来られた。
彼は、目の見えない人が見えるようになるために来られた。
彼は、死と疑いと闇を追い払うために来られた。
彼は、ご自分の民を自由にするために来られた。
彼は愛によって解放をもたらし、
ふたたび笑顔になれるように人々を教えられた。
彼は、心傷ついた者たちを集めるために来られた 。
そして、神と人間が和解するために来られた 。
彼は、わたしたちに完全な命を与えるために来られた。
彼は、目の見えない人が見えるようになるために来られた 。
彼は、死と疑いと闇を追い払うために来られた。
彼は、ご自分の民を自由にするために来られた。
(英語救世軍歌集139番、 ジョン・ゴワンズ) 

 

(訳 立石真崇) 

※小隊における祈りの資料として、個人で訳出したものです。日本語の読みやすさを考慮して日本語を補った箇所があり、〔 〕で区別しています。  

アドベントの祈り【7】

 天使は言った。
「マリア、恐れることはない。
あなたは神から恵みをいただいた。
あなたは身ごもって男の子を産むが、
その子をイエスと名付けなさい。
その子は偉大な人になり、いと高き方の子と言われる
・・・その支配は終わることがない。」
(ルカによる福音書1章30~33節) 

神さま、
あなたは、ナザレの村のおとめマリアを、御子の母として選ばれました。世の人々が思いもしなかった小さなものから、あなたは、全世界を変える新しい御業を現わされました。今、御子イエスによって、わたしたちの人生も神の御国の一部とされています。どうぞ、あなたの恵みと力によってお守りください。
主の御名によってお祈りいたします。アーメン

アドベントの祈り【6】

そのおとめの名はマリアといった。
天使は、彼女のところに来て言った。
「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる。」
(ルカによる福音書1章27、28節) 

神さま、
あなたは、御使いをマリアに遣わして、ご自分の恵みを告げられ、クリスマスの出来事を開始されました。今、クリスマスに向かうわたしたちの歩みも、あなたの恵みの御言葉のもとにあります。あなたが共におられることを覚えて、恵みに向かって心を広く開けるものとならせてください。
主の御名によってお祈りいたします。アーメン

12/05/2020

アドベントの賛美【7】世界に告げよ

クリスマスに備える「アドベント、待降節」の期間に入りました。 このときを過ごすにあたり賛美をお送りします。

 

ピアノ演奏 世界に告げよ 

クリスマスに向かう歩みに、神様の祝福がありますように

アドベントの祈り【5】

わたしたちはまた、御父が御子を世の救い主として遣わされたことを見、またそのことを証ししています。イエスが神の子であることを公に言い表す人はだれでも、神がその人の内にとどまってくださり、その人も神の内にとどまります。
(ヨハネの手紙一 4章14、15節) 

神さま、
御子イエスは救い主として、この世界に来てくださいました。このお方によって、あなたと共に生きる道が開かれたことを感謝します。不安や孤独にさいなまれるとしても、あなたが共におられることを思い、力を得させてください。家族や友も、あなたの愛のなかに自分の場所を見出すことができますように。
主の御名によってお祈りいたします。アーメン

12/04/2020

アドベントの賛美【6】久しく待ちにし

クリスマスに備える「アドベント、待降節」の期間に入りました。 このときを過ごすにあたり賛美をお送りします。

 

ピアノ演奏 久しく待ちにし 

クリスマスに向かう歩みに、神様の祝福がありますように

アドベントの祈り【4】

初めに言(ことば)があった。言は神と共にあった。言は神であった。・・・言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。光は暗闇の中で輝いている。・・・その光は、まことの光で、世に来てすべての人を照らすのである。
(ヨハネによる福音書 1章1、4、5、9節) 

神さま、
わたしたちを照らす、まことの光として御子イエスが来られたことを感謝します。今、世界では病や災害、人同士の対立や争いが重なり、わたしたちの心や暮らしに影を落としています。そのような中でも、御子を仰ぎ、あなたの愛と命に結び合って生きるものとしてください。
主の御名によってお祈りいたします。アーメン

12/03/2020

アドベントの賛美【5】Still, Still, Still

クリスマスに備える「アドベント、待降節」の期間に入りました。 このときを過ごすにあたり賛美をお送りします。

 

ピアノ演奏 Still, Still, Still 

クリスマスに向かう歩みに、神様の祝福がありますように

アドベントの祈り【3】

主よ、あなたはわたしの神
わたしはあなたをあがめ
御名に感謝をささげます。
あなたは驚くべき計画を成就された
遠い昔からの揺るぎない真実をもって。
(イザヤ書 25章1節) 

神さま、
あなたは真実なお方です。どのような状況が起きても、あなたはわたしたちを愛し、誠実に関わり続けてくださいます。そのしるしとして、御子イエスが来てくださったことを感謝します。さまざまな出来事が起きるとき、その状況にもあなたが共にいてくださることを思い起こさせ、平安と力をお与えください。
主の御名によってお祈りいたします。
アーメン

12/02/2020

アドベントの祈り【2】

エフラタのベツレヘムよ
お前はユダの氏族の中でいと小さき者。
お前の中から、わたしのために
イスラエルを治める者が出る。
彼の出生は古く、永遠の昔にさかのぼる。
(ミカ書 5章1節) 

神さま、
あなたはこの世界に平和を与えるために、御子を遣わされました。クリスマスに至るまでに、愛と忍耐に裏付けられた長い道のりがあり、そこをあなたご自身が歩んでくださったことを感謝します。クリスマスを、その日かぎりのこととしてではなく、あなたの永遠の愛を知るときとして迎えることができますように。
主の御名によってお祈りいたします。アーメン

アドベントの賛美【4】Who is He? ~ かの馬小屋にいますは誰ぞ


クリスマスに備える「アドベント、待降節」

の期間に入りました

このときを過ごすにあたり賛美をお送りします

 

ピアノ演奏

Who is He? ~ かの馬小屋にいますは誰ぞ  

クリスマスに向かう歩みに、神様の祝福がありますように

12/01/2020

アドベントの祈り【1】

ひとりのみどりごがわたしたちのために生まれた。
ひとりの男の子がわたしたちに与えられた。・・・
ダビデの王座とその王国に権威は増し
平和は絶えることがない。

王国は正義と恵みの業によって

今もそしてとこしえに、立てられ支えられる。

(イザヤ書 9章5、6節)
    

 

神さま、
この世界にまことの平和をもたらすために、御子イエスを
お与えくださったことを感謝します。どうか、クリスマスに向かうわたしたちの心と歩みを、あなたの正義と恵みによってお守りください。そして、新しい喜びと賛美を分かち合うものとしてください
主の御名によってお祈りいたします。アーメン

アドベントの賛美【3】Away in a Manger (Normandy Carol)




クリスマスに備える「アドベント、待降節」

の期間に入りました

このときを過ごすにあたり、賛美をお送りします

 

ピアノ演奏

Away in a Manger (Normandy Carol) 

クリスマスに向かう歩みに、神様の祝福がありますように

11/30/2020

アドベントの賛美【2】いと高き神に栄光あれ

クリスマスに備える

「アドベント、待降節」に入っています。

 アドベントにあたり賛美をお送りします。 

ピアノ演奏

『いと高き神に栄光あれ』 

クリスマスに向かう歩みに、 

神さまの祝福がありますように。

この日も主と共に【157】インマヌエル(わたしたちと共におられる神)

それゆえ、わたしの主が御自ら
あなたたちにしるしを与えられる。
見よ、おとめが身ごもって、男の子を産み
その名をインマヌエルと呼ぶ。
(イザヤ書 7章14節) 

・・・この名は、「神は我々と共におられる」という意味である。
(マタイによる福音書1章23節) 

神さま、
あなたは、「インマヌエル」、わたしたちと共におられる神です。そのしるしとして御子が来てくださり、新しい命、永遠の命を与えてくださいました。あなたの変わることのない愛と信実を感謝します。御子と共に生き、また、あなたと共に生き、命の喜びを知る歩みを導いてください。
イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。
アーメン

11/29/2020

ブライアン・ペドル大将によるメッセージ(11月22日のため)

ペドル大将がインターネット(Facebook)から
発信された聖書メッセージ 

要旨を以下にご紹介します

  

雲は臨在の幕屋を覆い、 主の栄光が幕屋に満ちた。 (出エジプト記40章34節) 

今回で『出エジプト記』による祈りの時をしめくくりたいと思います。 

この書物は、神が人間を〔神の民として〕ご自分に似たものとするために、どのように働かれたのかを伝える、注目すべきものでした。

 この書物の始まりでは、イスラエルの民がファラオ〔エジプト王〕の非道な支配によって抑圧されていましたが、終わりでは自由の身となって生きるものとなります。また、この書物の始まりではファラオのために都市が建設されますが、終わりではイスラエルの民が神を礼拝するための「幕屋」が建設されます。

出エジプト記第29章をみると、神は次のように語られました。 

わたしはイスラエルの人々のただ中に宿り、彼らの神となる。彼らは、わたしが彼らの神、主であることを、すなわち彼らのただ中に宿るために、わたしが彼らをエジプトの国から導き出したものであることを知る。わたしは彼らの神、主である。(出エジプト29・45、46) 

幕屋は、天地万物の創造主である神が宿られる場所でした。 

イスラエルの民は、わたしたちもまた承知しているように、宇宙を創造されたお方が、人間の建てた幕屋に宿られることなどあり得ないと知っていました。しかし、神は恵みとして、奴隷から解放された人々〔イスラエル〕と会うための場所〔幕屋〕を選ばれました。 

***** 

出エジプト記が強調していることは、幕屋の建設が、神の指示に完全に従って行われたということです。それとともに、人間の理解力や熟練した技術も、幕屋の建設のために用いられました(参照 36・1)。人々は強制されてではなく、喜びと自発的な心によって幕屋を建てました。

出エジプト記第35章には次のように記されています。 

モーセを通じて主が行うようお命じになったすべての仕事のために、進んで心からするイスラエルの人々は、男も女も皆、随意の献げ物を主に携えて来た。(35・29) 

ファラオの工事監督が労働を強制したのとは対照的に、イスラエルの民は、自由の中で聖なる幕屋を建てました。彼らは神の救いの恵みについて理解するようになり、その恵みに対して自由に応答したのでした。

出エジプト記の最後の章では、幕屋が完成したときに、「雲は臨在の幕屋を覆い、主の栄光が幕屋に満ちた」と記されています(40・34)。神の栄光が、荒れ野において、人間の手によって建てられた幕屋を満たしました。 

***** 

さて、出エジプト記の物語の中心人物はモーセでした。 

彼は幼い頃、ナイル川から引き上げられ、エジプト王家の恩恵を受けて育ちましたが、同胞であるヘブライ人〔イスラエル人〕と共にあることを選び取りました。命が助かるために逃げなければなりませんでしたが、柴の燃える場所において神とお会いしました。その場所でモーセは、神が自分の人生に目的を持っておられること、神に召されていること〔召命〕を知りました。

〔モーセに対する〕召命は、人々を抑圧するような権力と対決することを意味しました。そして、かたくなな人々を指導することを意味しました。また、神と顔と顔を合わせて語り合うことも含まれていました。神の民〔イスラエル〕のために神に執りなす勇気も必要としました。

神はモーセをよく知られ、また、彼が行うことを知られました。彼の人柄を知り、信頼されました。 

荒れ野で四十年を過ぎた後、イスラエルの民が約束の地にまさに入るところまでに至ったことが『申命記』に記されています。その〔申命記の〕終わりの部分において、神はモーセを高いところに連れていかれ、将来について 彼に教えられたことが記されています。 

主はモーセに言われた。「これがあなたの子孫に与えるとわたしがアブラハム、イサク、ヤコブに誓った土地である。わたしはあなたがそれを自分の目で見るようにした。あなたはしかし、そこに渡って行くことはできない。」(申命記34・4) 

モーセは、神の〔考えておられる〕将来を見ましたが、彼自身はその将来に向かうことはできませんでした。彼は〔越えられない〕境界線と向かい合わなければなりませんでした。 

***** 

『詩編』のなかで一つだけ、モーセによるものとされている詩編があります。詩編第90編です。

今、モーセがネボ山の頂に立っている様子を思い浮かべてみましょう。彼は〔自分が越えられることがないと分かった〕境界線を目の前にしながら、詩編第90編に収められているような祈りをささげました。

わたしたちの神、主の喜びが わたしたちの上にありますように。 わたしたちの手の働きを わたしたちのために確かなものとし わたしたちの手の働きを どうか確かなものにしてください。(詩編90・17) 

***** 

モーセは、自分の働きを神に委ねました。そして、神が自分の働きを受け取り、確立してくださるように祈りました。また、神がその働きを強め、ご自分のすばらしい目的に仕えるものとなるようにと祈りました。 

モーセのように、わたしたちも、自分に対する《召命》として担ってきた働きをもはや続けることができないというような《境界線》に至ることがあるでしょう。そこに至るまでには、さまざまな理由があることでしょう。しかし、それは、わたしたちの働きが終わってしまうという意味ではありません。モーセと同じように、わたしたちもまた、自分の働きを神の御手に委ねることができます。

解放を与えてくださる神が、わたしたちの働きを確立し、強め、そこに神の祝福を与えてくださるように願い求めましょう。神が「わたしたちの手の働きを・・・確かなもの」にしてくださると信頼しましょう。アーメン 

(訳 立石真崇) 

※本紙は、小隊における祈りの資料として、個人で訳出したものです。 日本語の読みやすさを考慮して日本語を補った箇所があり、〔 〕で区別しています。

カロル『荒野の果てに』


アドベントに入り、聖別会前に会館の前でカルを演奏しました。

クリスマスの祝福がみなさんにありますように。

アドベントの賛美【1】Piano Solo - O Little Town

今日より、

クリスマスに備える「アドベント、待降節」

が始まりました。

 アドベントにあたり賛美をお送りします。

 
 

ピアノ演奏

『O Little Town ~ 小さな町ベツレヘム』 

クリスマスに向かう歩みに、

神さまの祝福がありますように。

11/28/2020

この日も主と共に【156】ペレ・ヨエツ(驚くべき助言者)

ひとりのみどりごが わたしたちのために生まれた。
ひとりの男の子が わたしたちに与えられた。
権威が彼の肩にある。
その名は、「驚くべき指導者、力ある神
永遠の父、平和の君」と唱えられる。
(イザヤ書 9編5節) 

神さま、
あなたは、「驚くべき指導者」、「霊妙なる義士」(口語訳)、「不思議な助言者」(新改訳)、はかり知れない知恵と真理があなたのもとにあります。その御名を帯びて御子イエスが来られ、わたしたちの赦し、回復、救いを成し遂げてくださいました。あなたのすばらしい知恵と御業に守られ、あなたの愛によって実を結ぶものとしてください。
イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。
アーメン

11/27/2020

この日も主と共に【155】サル・シャローム (平和の君)

ひとりのみどりごがわたしたちのために生まれた。
ひとりの男の子がわたしたちに与えられた。
権威が彼の肩にある。
その名は、「驚くべき指導者、力ある神
永遠の父、平和の君」と唱えられる。
(イザヤ書 9章5節)

神さま、
あなたは、「平和の君」です。わたしたちを愛して、命を損なう一切の力と支配を退け、ご自身の平和を告げてくださいます。そのために、あなたの御名を帯びて御子イエスが来てくださいました。今、御子を受け入れます。どうぞ、わたしたちの心、家庭や生活の場、この国や世界に、あなたの平和を御心のままに現してください。
イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。
アーメン

11/26/2020

この日も主と共に【154】ヤハウェ・ゴーエレーク(あなたを贖う主)

あなたは知るようになる
主なるわたしはあなたを救い、あなたを贖う者・・・
わたしがあなたに与える命令は平和
あなたを支配するものは恵みの業。
(イザヤ書 60章16、17節) 

神さま、
あなたは、わたしたちを「贖う主」です。犠牲をいとわれず、わたしたちをご自分のものとして取り戻してくださいました。そのために御子イエスが十字架の上で貴い命を捧げられ、わたしたちは罪と死の力から解放されました。行く手にさまざまな出来事が起こり、心が揺さぶられるときにも、あなたが変わることなく共にいてくださることを思い起こして、力を得させてください。
イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。
アーメン

11/25/2020

この日も主と共に【153】ヤハウェ・マパルティ(主はわたしの逃れ場)

主よ、わたしの力よ、
わたしはあなたを慕う。
主はわたしの岩、砦、逃れ場
わたしの神、大岩、避けどころ
わたしの盾、救いの角、砦の塔。
(詩編 18編2、3節) 

神さま、
あなたは、わたしの「逃れ場」、危険や災いからわたしを救い出してくださるお方です。困難が立ちはだかり、自分の知恵や力では越えること難しいと思われるときに、あなたの支えはいささかも変わらないことを思い起こさせてください。そして、死から復活された御子イエスによって、新しい命と力を注ぎ入れてください。困難にある人々が、あなたによって平安と勇気を得ることができますように。
イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。
アーメン

11/24/2020

この日も主と共に【152】エル・デボート(すべてを知っておられる神)

主にあってわたしの心は喜び
主にあってわたしは角を高く上げる。・・・
岩と頼むのはわたしたちの神のみ。・・・
主は何事も知っておられる
神 人の行いが正されずに済むであろうか。
(サムエル記上 2章1~3節) 

神さま、
あなたは、「何事も知っておられる神」です。わたしたちの行いや言葉の一つ一つをご存知であり、また、言葉にならない思いをも知っておられます。そればかりでなく、わたしたちに変わることのない愛、救い、希望を教えてくださいます。あなたに学ぶ楽しみ、あなたの恵みを新しく知る喜びとともに歩ませてください。
イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。
アーメン

11/23/2020

この日も主と共に【151】エル・ラフム(憐れみ深い神)

あなたたちは、その所からあなたの神、主を尋ね求めねばならない。心を尽くし、魂を尽くして求めるならば、あなたは神に出会うであろう。・・・あなたの神、主は憐れみ深い神であり、あなたを見捨てることも滅ぼすことも、あなたの先祖に誓われた契約を忘れられることもないからである。
(申命記 4章29、31節) 

神さま、
あなたは、「憐れみ深い神」です。わたしたちがどのような状況にあっても、わたしたちを見放さず、祝福の約束を果たしてくださいます。わたしのために祈りをささげてくれる人々に、また、その祈りを聞いてくださるあなたに感謝します。わたしも、あなたの祝福を祈り合う一人としてください。あなたに心を向ける歩みを支えてください。
イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。
アーメン

11/21/2020

ブライアン・ぺドル大将によるメッセージ(11月15日のため)

ブライアン・ぺドル大将によるメッセージがインターネット(Facebook)で配信されました。以下に要旨を訳してご紹介します。

 

親御さんにお尋ねします。
『家族で旅行に出た時、子供が一緒にいなかったことに気付いたことはありますか。』

あるいは、勤めている方々にお尋ねします。『会議に出席する時に、ある議題について同僚たちが自分に賛成してくれるものと思っていたのに、そうはいかなかったという経験はありますか。』

人々が自分の側にいると思っていたのに、実際はそうではなかったというのは耐え難いことです。『他の人が〔自分と共に〕いてくれる』と想像することには危うさが伴います。

*****

わたしたちは『出エジプト記』を読み進んでおり、〔奴隷から〕解放された神の民が聖なる神と共に旅をしたことに、どのような意味があったのかを学んでいます。その旅路は人々にとっても、また、神にとっても、かならずしも心地よいものではありませんでした。

彼らが荒れ野で不平を述べたために、神は、マナと呼ばれる
食物を日々お与えになりました。また、イスラエル〔の民〕が聖なる民である意味を理解することができるように、十戒を授けられました。しかし、〔十戒を受けるために〕シナイ山に登ったモーセは、もう帰ってきても良い頃だろうと人々が考えてもなお姿を見せませんでした。モーセの不在によって、〔人々の〕不安がかき立てられました。彼らは、〔自分たちを〕導いてくれるものを目に見えるもので欲しいと叫びました。そこで、モーセの兄弟、アロンは人々に装飾品を差し出すようにと命じました〔33章1~3節〕。そしてついにモーセが山から降りてきた時、アロンはなんと、装飾品をただ火に投げ入れただけで、金の子牛が出てきたと話しました〔33章24節〕。そんなことがあるでしょうか!

*****

神ご自身も、心のかたくなな民に対して、耐えられなくなっている様子が明らかになります。

主はモーセに仰せになった。
「さあ、あなたも、あなたがエジプトの国から導き上った民も、ここをたって、わたしがアブラハム、イサク、ヤコブに誓って、『あなたの子孫にそれを与える』と言った地・・・に上りなさい。しかし、わたしはあなたの間にあって上ることはしない。」(33章1~3節)

モーセがすべきことは何だったでしょうか。

神の民が、〔神を〕忠実に信頼せず、偶像を拝もうという時に、指導者として何をすべきだったでしょうか。

神の計画されたことが軌道から外れてしまいそうな時に、指導者であるということにはどのような意味があるのでしょうか。

モーセが指導者として行ったことは、民のために執り成し、彼らを導くことでした。

*****

神と〔イスラエルの〕民の関係が絶たれてしまったのにもかかわらず、モーセは「臨在の幕屋」を用意し、その入り口で神と会見をしました〔33章7節〕。主は、「その友と語るように、顔と顔を合わせてモーセに語られ」ました(33章11節)。そのような親しい交わりの中で、モーセは神の民の将来のために執り成しました。

彼は主に向かって次のように訴えました。

「もし、あなた御自身が行ってくださらないのなら、わたしたちをここから上らせないでください。一体何によって、わたしとあなたの民に御好意を示してくださることが分かるでしょうか。あなたがわたしたちと共に行ってくださることによってではありませんか。そうすれば、わたしとあなたの民は、地上のすべての民と異なる特別なものとなるでしょう。」

すると、神は次のようにお答えになりました。

「わたしは、あなたのこの願いもかなえよう。わたしはあなたに好意を示し、あなたを名指しで選んだからである。」(33章15~17節)

神の民の指導者とは、《執り成す人》です。そして主は、「憐れみ深く恵みに富む神、忍耐強く、慈しみとまことに満ち」たお方として、友〔であるモーセ〕に応えてくださったのでした(34章6節)。

*****

今、パンデミック〔新型ウイルスの世界的流行〕のなかにあって、わたしたちは、困難な状況に置かれている友人たちにどのように寄り添うことができるかを模索しています。わたしたちは、なんとかして彼らと一緒にいるということを伝えて、安心させたいと願っています。

ある教師たちは、教え子のケアをしなければならないという大きなプレッシャーのもとで今も働いています。あ

るいはまた、自分の健康状態に関して先行きが見えない状況を過ごしている人々もいることでしょう。そのような人たちが、お互いの存在によって安心を得られるようにすることも必要です。

わたしたちはこの困難な時に、自分たちが共にいるということを知ってもらいたいと願っています。多くの場合には、何か〔言葉〕を語る必要もありません。わたしたちが存在しているということが重要になるのです。

*****

わたしたちはまた、この困難な日々のなかで、救世軍に神の臨在があるようにということも祈りたいと思います。

不確かな状況のなかを歩むときにも、憐れみに満ちた神が共におられると信頼しましょう。

未知の領域を進むときにも、聖なる神が恵みにあふれて、共にいてくださることにより頼みましょう。

変わることのない愛と真実に満ちておられる神にしっかりとつながり、神から与えられた使命に従事しましょう。

そして、へりくだり、神の御顔を求め〔て祈り〕ましょう。

イヴォンヌ・フィールドは、そのような祈りの核心をとらえて賛美しています。その言葉に耳を傾けましょう。

主よ、
もしあなたの臨在が共にないのであれば、

どうぞ、ここからわたしたちを去らせないでください。 

あなたがわたしたちに先立って歩んでくださらないなら、
人々はどのようにして、
わたしたちが神の民であると知るでしょうか。
 

主よ、
もし あなたの恵みが与えられないのであれば、

わたしたちは この場所を越えていくことはできません。 

もしあなたの祝福がなければ、
人々はどのようにして、
わたしたちがあなたの御名のもとで

進んでいると知るでしょうか。 

それですから、わたしたちは あなたの臨在のなかに留まります。

そして、へりくだり、あなたの恵みを求めます。 

全能の父、主なる神、救い主よ、
わたしたちは あなたと顔と顔を合わせて
お会いしたいのです。
 

あなたの栄光を、わたしたちの上に輝かせてください。 

確信を強め、霊感を与え、必要を満たしてください。 

全能の父、主なる神、救い主よ、
あなたの聖なる臨在こそが、
わたしたちの道しるべです。

 (イヴォンヌ・フィールド、英語救世軍歌集1031番)


(訳 立石真崇)

※本紙は、小隊における祈りの資料として、個人で訳出したものです。日本語の読みやすさを考慮して日本語を補った箇所があり、〔 〕で区別しています。

この日も主と共に【150】エリ・マレキ(神はわたしの王)

主をたたえよ
日々、わたしたちを担い、救われる神を。・・・
神よ、あなたの行進が見える。
わたしの神、わたしの王は聖所に行進される。
(詩編 68編20、25節)
 

神さま、
あなたは、「わたしの王」、命を助け出し、ご自分の恵みと守りのなかに迎え入れてくださるお方です。死から復活された御子イエスによって、死と恐れの支配から解放し、「キリストの勝利の列」に加えてくださいました。さまよう人生ではなく、神の御国にまで続く人生を与えられたことを感謝します。どうかあなたの愛のなかでのびやかに歩み、生きる喜びを新たにしてください。
イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。
アーメン
(参照 コロサイの信徒への手紙2:13~15)

11/20/2020

この日も主と共に【149】ヤハウェ・オセヌー(わたしたちを造られた主)

わたしたちを造られた方
主の御前にひざまずこう。
共にひれ伏し、伏し拝もう。
主はわたしたちの神、わたしたちは主の民
主に養われる群れ、御手の内にある羊
(詩編 95編6、7節) 

神さま、
あなたは、「わたしたちを造られた方」です。一人一人を大切に覚え、共に生きるようにと御声をかけてくださいます。あなたに守られ、養われて、健やかに生きるものとしてください。苦しみや痛みを受けているものたちを顧み、御手をもって支え、平安と新しい力をお与えください。
イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。
アーメン

11/19/2020

この日も主と共に【148】エロヒム・ハイイム(生ける神)

主は真理の神、命の神、永遠を支配する王。・・・
御力をもって大地を造り
知恵をもって世界を固く据え
英知をもって天を広げられた方。
(エレミヤ書 10章10、12節) 

神さま、
あなたは、「命の神」、生ける神です。あなたによって、世界は命にあふれるものとして創られており、わたしたちも生かされています。自分の命の根拠はあなただけにあることを深く心に留め、あなたの祝福と導きのもとで歩ませてください。自分の考えがすべてであるという高ぶりからお守りください。自分に快いものや願望を満足させるものを神と見紛えてしまう誘惑からお守りください。
イェス・キリストの御名によってお祈りいたします。
アーメン

11/18/2020

この日も主と共に【147】エロヘイ・ケデム(いにしえの神)

いにしえの神は難を避ける場所
とこしえの御腕がそれを支える。・・・
主はあなたを助ける盾
剣が襲うときのあなたの力。
(申命記 33章27、29節) 

神さま、
あなたは、「いにしえの神」です。あなたは、すべてものものが生まれる前にすでにおられ、一つ一つに始まりをお与えになりました。また、これからもわたしたちの先に立って、道を開いてくださいます。なぜこのようになったのか、これからどうなるのかと心に影が差すときにも、あなたによって一筋の道がたしかに備えられていることを覚えて、平安を得て歩むものとしてください。
イェス・キリストの御名によってお祈りいたします。
アーメン

11/17/2020

この日も主と共に【146】エル・ハガードール (偉大な神)

あなたたちの神、主は神々の中の神、主なる者の中の主、偉大にして勇ましく畏るべき神、人を偏り見ず、賄賂を取ることをせず、孤児と寡婦の権利を守り、寄留者を愛して食物と衣服を与えられる。(申命記 10章 17、18節)

神さま、
あなたは、「偉大な」お方です。あなたは愛と力に満ちておられ、公正にものごとを治められるお方です。そして、あなたと共に生きることができるようになるために、御子イエスが“道”となってわたしたちの間に来てくださいました。御子によって、小さくとも心を込めて、あなたの愛に応える一歩を、あなたの正しさを映し出す一歩を進むことができますよう導いてください。
イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。
アーメン
(参照 ヨハネ14:6)

11/16/2020

この日も主と共に【145】エル・ハシャマイム (天の神)

すべて肉なるものに糧を与える方に感謝せよ。
慈しみはとこしえに。
天にいます神に感謝せよ。
慈しみはとこしえに。
(詩編 136編25、26節) 

神さま、
あなたは、「天にいます神」、すべてのものを創り、とこしえの恵みをもって治めておられるお方です。あなたを信頼する者たちを救い出し、命の糧を与えてくださいます。そのために、御子イエス・キリストが「命のパン」として、わたしたちのあいだに来てくださいました。あなたに愛されていることを生きる力として歩み、あなたの愛を映し出す実を結ぶものとしてください。
イェス・キリストの御名によってお祈りいたします。
アーメン
(参照 ヨハネ6:35)

11/14/2020

この日も主と共に【144】エロヒ・ツァデキ (わたしの義なる神)

呼び求めるわたしに答えてください
わたしの正しさを認めてくださる神よ。
苦難から解き放ってください
憐れんで、祈りを聞いてください。・・・
主よ、わたしたちに御顔の光を向けてください。
(詩編 4編1、7節) 

神さま、
あなたは、「わたしの義」となってくださるお方です。わたしたちが、あなたの愛にしっかりと根を張って、まっすぐに成長することができるように、正しい道筋と導きを与えてくださいます。主張と対立がくりかされる世界に、あなたの憐れみと助けを求めます。御子イエスによって、あなたの愛と正しさと共に歩むものとしてください。
イェス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン

11/13/2020

この日も主と共に【143】エロヒ・ティシュアティ(わたしの救いの神)

神よ、わたしの内に清い心を創造し
新しく確かな霊を授けてください。・・・
神よ、わたしの救いの神よ
流血の災いからわたしを救い出してください。
恵みの御業をこの舌は喜び歌います。
(詩編 51編12、16節) 

神さま、
あなたは、「わたしの救いの神」です。あなたの愛から遠く離れ、罪によって心も体も損なわれていくわたしたちを、あなたは助け出してくださいました。わたしたちに清い心、新しい人生を創造してくださることを感謝します。新鮮な風が吹きわたるように、ご自身の聖霊の清い息吹をわたしたちに満たして、新しく歩みだすものとしてください。
イェス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン

11/12/2020

この日も主と共に【142】ヤハウェ・マゲン(主はわたしの盾)

> ・・・あなたに従う者を固く立たせてください。
心とはらわたを調べる方 
神は正しくいます。
心のまっすぐな人を救う方 
神はわたしの盾。
(詩編 7編10、11節) 

 

神さま、
あなたは、「わたしの盾」となってくださる主です。
わたしたちの人生の旅路に共に立ってくださり、
罪の誘惑を退け、災いから守ってくださいます。
あなたの助けと守りが先立って備えられていることを心に留め、あなたに喜ばれ、わたしたち自身も喜びをもって生きることができるように導いてください。
イェス・キリストの御名によってお祈りいたします。
アーメン

11/11/2020

この日も主と共に【141】ヤハウェ・ウジ (主はわたしの力)

主をたたえよ。
嘆き祈るわたしの声を聞いてくださいました。
主はわたしの力、
わたしの盾
わたしの心は主に依り頼みます。
主の助けを得て
わたしの心は喜び躍ります。・・・
(詩編 28編6、7節) 

神さま、
あなたは、「わたしの力」となってくださるお方です。何もないところから新しいものを創造し、また、信じる者たちを救い、死をも打ち破られるお方です。人の命を虚しくするさまざまな問題や困難に遭遇するとき、人を活かす大きな御力によってお守りください。あなたを信頼し、勇気をいただいて歩むものとしてください。
イェス・キリストの御名によってお祈りいたします。
アーメン

11/10/2020

ブライアン・ペドル大将によるメッセージ(11月8日のため)

ブライアン・ペドル大将が、インターネット(Facebook)で発信したメッセージの要旨を紹介します。

  

 わたしたちは、『出エジプト記』を19章まで読み進んできました。

イスラエル〔の民〕は奴隷として抑圧され、ファラオ〔エジプトの王〕の暴政に縛られていましたが、もはや自由の身になりました。

モーセに導かれて、ヘブライ人〔と呼ばれていたイスラエルの民〕は紅海〔葦の海〕を渡り、シナイの荒れ野に到着しました。イスラエルの民はシナイ山を前にして宿営し、モーセは神にお会いするために山を登りました。

主はモーセをご自分のもとへと招き、次のように語れました。

イスラエルの人々に告げなさい。
あなたたちは見た
わたしがエジプト人にしたこと
また、あなたたちを鷲の翼に乗せて
わたしのもとに連れて来たことを。
今、もしわたしの声に聞き従い
わたしの契約を守るならば
あなたたちはすべての民の間にあって
わたしの宝となる。
世界はすべてわたしのものである。
あなたたちは、わたしにとって祭司の王国、聖なる国民となる。(3~6節)
 

神がイスラエル〔の民〕にお与えになったものは、神からの召命、すなわち〔神の民になるという〕使命でした。ファラオの圧政から解放されることは、それ自体が目的ではありませんでした。それはイスラエルの使命の始まりだったのです。

イスラエルが「聖なる国民」になるとは、神の〔聖なる〕ご性質を体現する民にならなければならないということです。それは世界の諸民族の中で唯一無二の〔ユニークな〕存在となりなさいと言われたのです。

また、〔神からの〕使命には「祭司の王国」になることも含まれていました。イスラエルはこの後、アロンとその子孫に続くところの祭司〔の職務〕を立てていくこととなります。
ただし、イスラエル〔の民〕が祭司として召されたのは、〔自分たちのためだけではなく、〕世界の諸民族のためでした。なぜなら、世界はすべて神のものだからです(5節)。

イスラエルは、聖なる神の御前で世界の諸民族を代表するために召されたのです。それはまた、諸民族のために祈り、執り成すようにという召命でもありました。そして、イスラエルは諸国の平和のために働くという召命でもありました。なぜなら、神は、変わることのない愛と慈しみの神でおられるからです。

*****

来週、世界の多くの場所において、『第一次世界大戦休戦記念日(Armistice Day)』のための追悼礼拝が行われます。

1918年11月11日の11時、休戦協定が結ばれて第一次世界
大戦が終わりました。この大戦は短期間で終わるであろうと予想されたのですが、数百万人の犠牲を出す結果となりました。そして、今後はいつまでも続くであったはずの平和も、二十年後にもう一つの世界大戦に至るような種を蒔くことになったのです。

わたしたちの世界は、1918年に休戦協定が結ばれたあの日からは大きく変わりました。世界の紛争は、もはや国同士の問題ではすまなくなりました。わたしたちの世界は、『他の人々』を憎むことを動機とするような、『過激な一派の活動』によって苦しむようになりました。この『過激な一派の活動』は、一つの国の中においてさえ活動の場を手に入れ、市民同士の対立を生み出します。

今なお、『休戦協定』が結ばれることが重要です。そして、救世軍が1918年の時と同じように、〔世界の平和をもたらす〕奉仕のために存在することも重要です。

このような〔平和のための〕奉仕を進めることによって、救世軍は、「祭司の王国」が意味していることがらの一端を表しています。

このとき、わたしたちは、現代の平和を願い求めて公に祈りをささげます。この世界の神でおられるお方の御前に、世界の国々を執り成すのです。聖なる祭司〔として神に召されたもの〕として、わたしたちは平和のために祈り、また、平和のために働きたいのです。

*****

イスラエルにおける祭司の職務には、いわば、イスラエル〔の人々〕と神との間の仲介者としての働きがありました。『救世軍人』と呼ばれるわたしたちもまた、他の人々と〔神との間〕の仲介者ついて行動するように召される時があります。〔その最たる例は、〕声を上げることのできない人々のために、声を上げることです。

第二次世界大戦が終わる頃のことです。救世軍人の一団が東ヨーロッパを訪ねました。住まいを失った人々のためが暮らしの場所を得られるように支援をするためでした。その一団の中に、スタンレー・プリースという名の士官がいました。彼は妻と娘を連れて参加していました。

東ドイツまで来た時、彼らはあるユダヤ人の少女と出会いました。彼女は、どうにかしてポーランドにいる叔父のところに行こうとしていましたが、残念なことに、正式な手続きの書類がそろっていませんでした。そこで、スタンレー・プリースは、自分の娘が身につけていた救世軍の制服を少女の肩にかけ、国境の警備を通り抜けたのでした。

スタンレー・プリースとその家族、またその他のメンバーは、〔彼らの置かれた状況において、〕祭司としての働きを果たしました。見捨てられた人々と彼らの親族との間を執り成すものとなりました。誰からも顧みられない人々がいるところで、〔彼らのために〕声を上げたのです。このような祭司としての働きをとおして、聖なる神の憐れみは具体的に現されるのです。

*****

このパンデミック〔新型ウイルスの世界的流行〕の間も、救世軍はさまざまな手立てを講じながら、「祭司の王国」、「聖なる国民」のなんたるかを身をもって表しています。

『主よ、あなたの平和の器としてください』という、アシジのフランシスコの祈りを、わたしたち自身の祈りとして心に抱き、また、言葉にしていきましょう。

平和が実現するために、どうか神が、救世軍の奉仕を祝福してくださいますように。また、『第一次世界大戦休戦記念日』を覚えて世界各地でささげられる祈りを祝福してくださいますように。

ご一緒にお祈りをいたしましょう。アーメン

(訳 立石真崇)

※小隊における祈りの資料として訳したものです。日本語の読みやすさを考慮して日本語を補った箇所があり、〔 〕で区別しています。また、今回は、聖書の引用について、日本語の聖書の言葉の区切りに合わせました。

この日も主と共に【140】エル・ハヤ(わたしの命の神)

昼、主は命じて慈しみをわたしに送り 
夜、主の歌がわたしと共にある 
わたしの命の神への祈りが。・・・
神を待ち望め。
わたしはなお、告白しよう
「御顔こそ、わたしの救い」と。
わたしの神よ。
(詩編 42編9、12節) 

神さま、
あなたは、「わたしの命の神」です。あなたは、わたしたちが生きることを強く望まれ、昼も夜も見守っていてくださいます。そして、どのようなときにも祈ることができるように、御子イエスを、また、ご自身の聖霊を与えてくださいました。あなたに依り頼み、あなたの愛によって、命をよりよく生きるものとしてください。
イェス・キリストの御名によってお祈りいたします。
アーメン

11/09/2020

メッセージ「神によって可能となること」ルカによる福音書18章18~30節

【説教要旨】
聖別会 2020年11月8日(日)
ルカによる福音書18章18~30節 
「神によって可能となること」

 Ⅰ 何に関心を向けるのか 

先日、人間の心と体に関する、ある学びに参加しました。その主題は、“人間の注意力”に関するものでした。

話を聞いて興味深かったのは、『人間がものを見る時は、じつは、“見たいもの”を選んで見ている』ということでした。『人間の注意の仕方には違いがあり、そのために、みな同じものを見ていても受けとめかたが異なる』というのです。(このような注意の仕方の違いを利用した遊びが、柏寿会でもよく楽しんでいる“まちがいさがし”だそうです。)そして、人間の注意の仕方の違いをふまえて設備・道具を整えることによって、社会や暮らしの安全を高めることができると学びました。 

この話を聞いて、わたしたちの人生にも通じるものがあるように思いました。

わたしたちは同じもの見て生きているように思いがちですが、じつは、何を注意して見ているか、また、どこに焦点を合わせているかによって、世界も生きる営みも大きく変わるのではないかと考えさせられました。

聖書は、そのようなわたしたちにイエス・キリストを示します。そして、このお方に焦点を合わせる時にこそ、見えてくる世界、人生があると、告げています。 

Ⅱ 金持ちの議員とイエスさま 

イエスさまのところに、「何をすれば永遠の命を受け継ぐことができる」か知りたいとう、ある金持ちの議員がやってきました(18、23節)。

彼には地位も財産もあり、誰からみても申し分のない暮らしをしていました。しかし、「永遠の命」の確証、すなわち、神さまに認められ、地上の命を越えても、いつまでも祝福を受けて生きられるという確証を欲していました。人生には自分の努力だけでは獲得できない、何か大切なものがあることを感じながら、どうすればよいのか見えなかったのです。 

イエスさまはこの議員に向かい合われ、
① 人間の善行に関わらず、神こそ唯一の善いお方であると示し(19節)、
② 旧約聖書の掟(十戒)、とくに行いに関わる掟(第5~9番目)によって、人生をふり返る時を備えられました(20節)。
そして、③ 「わたしに従いなさい」と招かれました(22節)。

その際、「持っている物をすべて売り払い、貧しい人々に分け」るようにと語られましたが、これは“取引条件”ではなく、「天に富を積む」ためです。イエスさまは、議員の心が地上における自身の成功ではなく、天に、すなわち神さまのもとあるようにと、招かれたのでした(参照 12章34節)。 

しかしながら、議員は財産を手放すことができませんでした。これこそが自分の人生の実り、天からの祝福と考えていたからです。彼は非常に悲しみながら、とうとうイエスさまの招きに応答することができませんでした(23、24節)。

そのありさまをご覧になって、イエスさまは語られました。 

財産のある者が神の国に入るのは、なんと難しいことか。
金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい。(24、25節) 

この議員の姿は、自分の人生をどのように見つめているのか、何を大切に考えているのかを、わたしたちに問いかけます。

財産があり豊かであることは幸いです。しかし、それらは神さまの恵みであっても、神ではありません。わたしたちの人生の究極的な保証は、別のところにあるのです。 

Ⅲ 神さまが可能にしてくださる人生 

財産のある者、すなわち神に祝福されていると思われる人でも、神の国に入ることは難しいというイエスさまの言葉は、居合わせた人々を困惑させました。

しかし、イエスさまは、「人間にはできないことも、神にはできる」と言われました(27節)。

それは“人間が救われること”を指しています。

神さまを見失い、めいめいが欲するところに心を向け、同じ世界にいながら共に生きる道を見いだせず、自分たちに対して『どうして救われるだろうか』と望みを失う、わたしたちのただ中に、神さまはイエス・キリストを救い主として遣わしてくださいました。

神の御子が幼子としてお生まれになるという、まことに小さな一点から、神さまは、すべての人が救われるという大きな御業を実現されました。 

それですから、わたしたちに必要なのは、イエス・キリストに心を向け、このお方の招きに応答することです。このお方を知る時に、わたしたちは神さまの愛を知ります。このお方の後に従って歩む時、わたしたちの歩みは、天に心を定める歩みとなります。 

小隊(教会)は、イエス・キリストにわたしたちの人生の焦点を定めるところです。そして、このお方に従いながら、神に救われ、受け入れられている喜びをともに見出していくところです。

家族や財産も、自分の人生の価値を証明する手段ではなく、それらを神さまの御手にゆだね、神さまの大きな可能性のなかで生きていくようにと、イエスさまは、今も、わたしたちを招いておられます。 

しかし、わたしにとって有利であったこれらのことを、キリストのゆえに損失と見なすようになったのです。そればかりか、わたしの主キリスト・イエスを知ることのあまりのすばらしさに、今では他の一切を損失とみています。キリストのゆえに、わたしはすべてを失いましたが、それらを塵あくたと見なしています。キリストを得、キリストの内にいる者と認められるためです。 (フィリピの信徒への手紙3章7~9節)

この日も主と共に【139】エロヒ・ティハラティ(わたしの賛美する神)

わたしの賛美する神よ
どうか、黙していないでください。・・・
恵み深く、慈しみによって 
わたしを助けてください。・・・
わたしはこの口をもって
主に尽きぬ感謝をささげ 
多くの人の中で主を賛美します。
(詩編 109編1、21、30節)

神さま、
あなたは、「わたしの賛美する神」です。わたしを慈しみ、害するものが迫るときに助けてくださいます。心が塞ぎ言葉を失いそうになるときに、あなたへの祈りと賛美の言葉を与え、感謝と信頼と共に歩ませてください。
イェス・キリストの御名によってお祈りいたします。
アーメン

11/07/2020

この日も主と共に【138】エロヒム・マハセ・ラヌ(神はわたしたちの避けどころ)

わたしの救いと栄えは神にかかっている。
力と頼み、避けどころとする岩は神のもとにある。
民よ、どのような時にも神に信頼し
御前に心を注ぎ出せ。
神はわたしたちの避けどころ。
(詩編 62編8、9節) 

神さま、
あなたは、わたしたちの「避けどころ」となってくださるお方です。わたしたちを変わることなく愛してくださり、立つべきところを教えてくださいます。不安や動揺を覚えるときにも、あなたに守られ、支えられていることを思い起こさせてください。心を定めて、歩むべき道のりを進むものとならせてください。
イェス・キリストの御名によってお祈りいたします。
アーメン

11/06/2020

この日も主と共に【137】エル・クゥル(あなたに命を与える神)

ヤコブよ、あなたを創造された主は 
イスラエルよ、あなたを造られた主は 
今、こう言われる。
恐れるな、わたしはあなたを贖う。
あなたはわたしのもの。
わたしはあなたの名を呼ぶ。
水の中を通るときも、わたしはあなたと共にいる。
大河の中を通っても、あなたは押し流されない。
火の中を歩いても、焼かれず 
炎はあなたに燃えつかない。
(イザヤ書 43章1、2節) 

神さま、
あなたは、命を与えるお方、わたしたちを造られたお方です。わたしたちは偶然に存在しているのではなく、あなたの愛によって作られました。あなたの愛を深く知り、それによって、自分の人生に与えてくださった尊さと目的を真摯に受け取るものとしてください。家族や友も、あなたに愛され、生かされている喜びと平安のなかを歩ませてください。
イェス・キリストの御名によってお祈りいたします。
アーメン

11/05/2020

この日も主と共に【136】ヤハウェ・マギネヌ(主はわたしたちの守り)

いかに幸いなことでしょう 
勝利の叫びを知る民は。 
主よ、御顔の光の中を彼らは歩きます。 
絶えず、御名によって喜び躍り
恵みの御業にあずかって奮い立ちます。・・・
主は我らの盾 
イスラエルの聖なる方は我らの王。
(詩編 89編16、17、19節) 

神さま、
あなたは、わたしたちの「盾」となってくださるお方、わたしたちを守ってくださるお方です。そのために、御子がわたしたちのところに来てくださいました。あなたの恵みと助けがあることを心にとめ、自分の務めに最善を尽くすことができますように。力と勇気をお与えください。
イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。
アーメン

11/04/2020

ブライアン・ペドル大将によるビデオ・メッセージ(2020年11月1日のため)

ブライアン・ペドル大将がFacebookを通して、ビデオメッセージを発信しました。 

その要旨を以下に紹介します。 

 

この日も主と共に【135】ヤハウェ・ボレ(造り主なる主)

あなたは知らないのか、聞いたことはないのか。 
主は、とこしえにいます神
地の果てに及ぶすべてのものの造り主。 
倦むことなく、疲れることなく 
その英知は究めがたい。 
疲れた者に力を与え
勢いを失っている者に大きな力を与えられる。
(イザヤ書 28章28、29節) 

神さま、
あなたは、「すべてのものの造り主」です。あなたの慈しみによって、いまこのときも保たれています。よりよく生きるたいと願い、力を尽くしても、思うように実が結ばず、自分自身をすり減らすようなときに、失望の闇から守り、あなたの知恵と力によって助けてください。
イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。
アーメン

11/03/2020

メッセージ「神の国に入る人は誰か」ルカによる福音書18章15~23節

【要旨】
神戸小隊 聖別会
2020年11月1日(日)
ルカによる福音書18章15~23節
「神の国に入る人はだれか」 

Ⅰ 神の家族へと招かれるイエスさま 

新型ウイルスの対応のために、礼拝・集会のプログラムについて、新しい工夫が続いています。

この秋、救世軍ではインターネットを利用して、各地から賛美を持ち寄る『音楽祭』が行われることになりました。 

神戸小隊からも参加を申し込み、賛美の動画を作成しました。今年の救世軍のテーマソングを、いろいろな楽器の伴奏に合わせて歌いました。また、現在、小隊に集うことが難しい方々がおられることを思い、昨年と今年の小隊の様子を撮影した写真を動画に収めました。歌を録音するときには、ちょうど帰省中であったご家族や生後数ヶ月の赤ちゃんも参加して、一緒に歌うことができ、わくわくする思いで過ごしました。

聖書は、イエス・キリストによって、神さまのもとに集められた人々、すなわち小隊(教会)の姿を「神の家族」と表現しています(エフェソ2章19節)。その聖書の御言葉が生き生きと心に思い起こされました。 

今回、ご一緒に賛美に心を合わせ、アイデアを出し合い、それぞれの役割を受け持ち、協力ができたことは有意義な経験でした。それとともに心に留めたいのは、イエスさまが、わたしたち一人一人の心に働きかけ、賛美に向かわせてくださったということです。

「神の家族」は、人間が掲げる理念ではありません。小隊(教会)で親しい人が増えたから、神の家族だというのでもありません。イエスさまが「神の家族」となるようにと、わたしたちを招いてくださいました。こからもイエスさまの招きを受けとめ、お応えすることによって開かれていく道をご一緒に歩みたいと思います。

Ⅱ 子供と神の国の教え 

イエスさまを訪ねてさまざまな人がやって来ましたが、「乳飲み子までも連れて来た」人たちがいました(15節)。その理由は、イエスさまに「触れていただくため」でした。これは神さまの祝福を祈ることを意味しています。乳飲み子の将来を思い、神さまの祝福が何より必要であると考えた大人たち(おそらく両親か親類)がいました。彼らはイエスさまを信頼し、イエスさまによる神の祝福を願ったのでした。 

しかしながら、乳飲み子とイエスさまの間に道を通そうとする大人がいた一方で、その道を遮ろうとする大人がいました。それはイエスさまの弟子たちでした。多忙な先生を支えようという、彼らなりの思いやりであったのかもしれません。しかしその結果、自分の価値観で人を判断してしまう誤り、自分の信仰心でイエスさまと人との出会いを妨げる誤りを犯してしまいました。

 このやり取りを見ていたイエスさまは、弟子たちを制し、乳飲み子たちを呼び寄せられました。そして、この機会をとらえて神の国について教えられました。

子供たちをわたしのところに来させなさい。妨げてはならない。神の国はこのような者たちのものである。はっきり言っておく。子供のように神の国を受け入れる人でなければ、決してそこに入ることはできない。(16、17節) 

イエスさまが「乳飲み子」、「子供」を例にして強調されるのは、《徹底して信頼し、受け取る姿》です。

この点は、ルカがこの出来事の前後に書き記す、(たとえに登場する)ファリサイ派の人(11、12節)、金持ちの議員(18~23節)の姿と比べると、よりいっそう際立ちます。ファリサイ派の人も金持ちの議員も見た目には信仰熱心でしたが、結果として、神さまと共に生きることができませんでした。それは、神さまに信頼するよりも、神さまに対して自分を証明することに関心があったからです。

これに対して「乳飲み子」は、自分自身の力では生きていくことができません。命も体も生活もみな、まったく人の手にゆだね、相手の愛がなければ生きていくことはできません。

神さまと人間の関係も同じだと、イエスさまは教えられます。神さまに愛され、受け入られる姿にこそ、まことに人間らしい姿、人間らしい生き方がある。そのように生きてゆきなさいと、イエスさまは招いてくださいました。

それはまた、イエスさまをこの世界に遣わされた神さまご自身の御心でもありました。 

耳を傾けて聞き、 わたしのもとに来るがよい。 聞き従って、魂に命を得よ。
(イザヤ書55章3節)  

このようなイエスさまの招きは、十字架の死にまで続きました。イエスさまの十字架は、わたしたちのための神の愛を示し、救いの約束を示しています。十字架は、イエスさまの招きのしるしです。

Ⅲ イエスさまの招きに応えよう、 ただ神さまに信頼して生きよう 

イエスさまは今も、わたしたちを新しい人生へ、「神の家族」へ、神の国へと招いてくださいます。小隊(教会)は、イエスさまの招きを聴き、お応えする集まりです。また、イエスさまの招きを伝えていく集まりです。

どうぞ、ご一緒にイエスさまのもとに集い、神の国の始まりに立ち、喜びをいただいて出発したいと願います。 

悔い改めなさい。めいめい、イエス・キリストの名によって洗礼を受け、罪を赦していただきなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けます。この約束は、あなたがたにも、あなたがたの子供にも、遠くにいるすべての人にも、つまり、わたしたちの神である主が招いてくださる者ならだれにでも、与えられているものなのです。(使徒言行録2章38、39節)

この日も主と共に【134】ヤハウェ・シャンマー(主がそこにおられる)

〔預言者エゼキエルの言葉〕
神の幻によって、わたしはイスラエルの地に伴われ、非常に高い山の上に下ろされた。その南側に都のように建設された物があった。・・・
この都の名は、その日から、「主がそこにおられる」と呼ばれる。
(エゼキエル書 40章2節、48章35節) 

神さま、
あなたは、わたしたちと共にいてくださるお方、「苦難のとき、必ずそこにいまして助けてくださる」お方です(参照 詩編46編2節)。そのしるしとして、御子イエスがわたしたちのところに来てくださいました。周囲にさまざまな状況が起きるときに、そこにもあなたがいてくださることを思い、平安と力を得て歩むものとならせてください。
イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。
アーメン

11/02/2020

この日も主と共に【133】エル・エムナ(真実な神)

あなたは知らねばならない。
あなたの神、主が神であり、信頼すべき神であることを。
この方は、御自分を愛し、その戒めを守る者には千代にわたって契約を守り、慈しみを注がれる・・・。
(申命記 7章9節) 

神さま、
あなたは、「信頼すべき神」、真実なお方です。あなたの御心には偽りや偏りはなく、あなたの教えと約束は変わることがありません。あなたの誠実を土台として、幸いに至る日々を建て上げることができますように。さまざまな価値観が行きかうなかで、大切なものを選び取ることができますように。あなたが、わたしたちを約束の相手として受け入れ、共にいてくださることを感謝します。
イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。
アーメン

10/31/2020

この日も主と共に【132】ヤハウェ・オリ(主はわたしの光)

主はわたしの光、わたしの救い 
わたしは誰を恐れよう。
主はわたしの命の砦
わたしは誰の前におののくことがあろう。
・・・わたしの心は恐れない。
・・・わたしには確信がある。
(詩編 27編1、3節) 

神さま、
あなたは、「わたしの光」、わたしたちの心と歩みを照らし出してくださるお方です。そのために聖書の御言葉を与え、また、世の光として、御子イエスを与えてくださいました。今、この世界には、不安や恐れが人々にせまり、闇のように心を覆うような出来事が続いています。どうか、あなたを仰ぎ、心を確かにして歩むものとしてください。
イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。
アーメン

10/30/2020

この日も主と共に【131】ヤハウェ・ホシア(主よ、お救いください)

戦車を誇る者もあり、馬を誇る者もあるが
我らは、我らの神、主の御名を唱える。
彼らは力を失って倒れるが 
我らは力に満ちて立ち上がる。
主よ、王に勝利を与え 
呼び求める我らに答えてください。
(詩編 20編8~10節) 

神さま、
あなたは、「勝利を与えてくださる主」、ご自分を信頼する者たちを守り、力づけてくださいます。自分の立場や能力や持ち物を誇り、互いに優劣を競う生き方から自由にしてください。あなたの御力のもとに留まり、心にも、生き方にも健やかな誇りを持つものとしてください。
イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。
アーメン

10/29/2020

この日も主と共に【130】ヤハウェ・エル・エメト(真実の神)

まことの神、主よ、御手にわたしの霊をゆだねます。
わたしを贖ってください。
わたしは空しい偶像に頼る者を憎み
主に、信頼します。
(詩編 31編6、7節) 

神さま、
あなたは「まことの神」です。計り知れない知恵をもってこの世界を支えておられます。今も御言葉を通して、わたしたちの命にとって何が必要で、大切なことかを教えくださいます。移ろうものごとによらず、あなたの真理を確かな土台とする日々を築かせてください。あなたと共に生きる喜びを見出しながら、「アーメン(真実です)」という言葉を心から口にすることのできる歩みを導いてください。
イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。
アーメン

10/28/2020

ブライアン・ペドル大将によるメッセージ(2020年10月25日のため)

ブライアン・ペドル大将による聖書からのメッセージが、インターネット(Facebook)で公開されました。以下に要旨を翻訳し、紹介します。 

 

主に向かってわたしは歌おう。・・・
主はわたしの力、わたしの歌 
主はわたしの救いとなってくださった。
(出エジプト記15章1、2節) 

この数週、わたしたちは、『出エジプト記』を読んでいます。 

『出エジプト記』は、〔エジプトの王〕ファラオの圧政に苦しむ〔イスラエルの〕人々の様子から始まります。しかし、神は彼らの苦しみをよくご存知であり、救いの御業を開始されました。神は、遠く離れた地で羊飼いをしていたモーセを召して、イスラエル人を抑圧の中から導き出すために、彼をエジプトへと戻されました。 

ファラオとのさまざまな対決を経て、ついにモーセとイスラエル人は神の命令を受け、〔エジプトを〕去ることとしました。ファラオは彼らを捕らえようとし、紅海〔葦の海〕まで迫りました。そこで、神が行動を起こされました。創造者〔である神〕が作られた世界、 すなわち水、風、大地の諸力が、奴隷〔であったイスラエル人〕を解放するために役立てられました。 この〔神による〕解放の結果、イスラエル人は、「主を畏れ、主と その僕モーセを信じた」のでした(14・31)。 

抑圧者の驚異から助け出されたとき、イスラエル人のしたことは注目すべきものです。 

モーセとイスラエルの民は主を賛美してこの歌をうたった。 主に向かってわたしは歌おう。主は大いなる威光を現し・・・わたしの救いとなってくださった。(1、2節) 

自分たちの自由が実現したときに、イスラエル人が最初に行ったことは、神を賛美して歌うことだったのです。アーメン! 

***** 

救世軍人も、自分たちを救ってくださった神を賛美するために、日曜日ごとに集まります。実際のところ、このしばらくは共に集まることができない時期を過ごしており、わたしたちの声はいくぶんか小さいかもしれません。しかし、このパンデミック〔新型ウイルスの世界的大流行〕によって、わたしたちに自由をもたらしてくださる神にささげる賛美が減ってしまったということはけっしてありません。 

歌うことは、わたしたちの世界において、解放をもたらす運動の重要な一部を担ってきました。

〔たとえば、〕南アフリカにおける自由のための運動〔訳注・人種隔離政策への反対を訴える運動〕においても、歌うことが伴っていました。また、アメリカ合衆国における 公民権運動においても、歌うことが大切な役割を果たしました。 この運動はマーチン・ルーサー・キングが指導者となって行われたもので、当時の国や権力による人種差別に対して反対するものでしたが、その抗議が歌うことによって表明されました。 

音楽は、ものごとを動かす力があります。音楽は、ゆらぐことのない神の愛と正義を推し進めるのです。

救世軍は、豊かな音楽の伝統を引き継いでいます。それは、とくに救世軍の歌集に表れています。これらの歌を握りしめて、わたしたちは何年にもわたって神を賛美し続けてきたのです。 

神への賛美においては常に、 新しい賛美を生み出す創造的な力(クリエイティビティ)が必要です。わたしたちには音楽が必要です。共に歌うことが必要です。今の 時代においても、神を賛美する ことが必要です。そのようにして、わたしたちは現代の抑圧に対抗していくのです。わたしたちは 主〔なる神〕をたたえます。主が わたしたちの救いとなってくださったからです。 

***** 

『出エジプト記』の15章を読むときに、わたしは、この賛美の 歌の中にじつにたくさんの神のイメージ(心象)が描かれていることに感銘を受けます。

神は、 「いくさびと〔戦士〕」です(3節)。神は、群れを導く羊飼いです(13節)。神は、新しい地に人々を 植え付ける農夫です(17節)。

そして、19章において、神は次のようにイスラエル人に語られました。 

あなたたちは見た 
わたしが エジプト人にしたこと 
また、あなたたちを鷲の翼に乗せて 
わたしのもとに連れて来たことを。(19・4) 

神は、鷲の母鳥のようなお方です。雛(ひな)が空を飛べるようにと巣から押し出す〔ようにして、人を新しい境地へと向かわせられる〕のです。 

ここで、救世軍のなかで指導の働きを担っている人々にお伝えしたいことがあります。

みなさんが長年にわたって礼拝について取り組んでこられたときに、どのようにして、聖書に数多く記されている神のイメージ(心象)を 取り上げようとしてこられたでしょうか。

そうです、聖書に啓示されている神〔のイメージ〕と真実に共鳴するものであるならば、 現代のイメージを用い〔て、現代の人々が神をよりよく知ることができるようにす〕る余地はまだ残されています。

ただし、わたしたちの 礼拝の《深み》は、〔人間の表現方法によるのではなく、あくまでも〕 聖書に記されている神、わたしたちの救いである神のイメージをさまざまに探求するなかで生まれてくることでしょう。 

***** 

もう一つ心に留まることがあります。

出エジプト記15章の賛美の歌は、《個人の賛美》であるとともに、《共同体の賛美》でもあるということです。

2節に次のように述べられています。 

主はわたしの力、わたしの歌 
主はわたしの救いとなってくださった。(2節) 

また13節では次のように述べられています。 

あなたは慈しみをもって贖われた民を導き 
御力をもって聖なる住まいに伴われた。(13節) 

それと同じように大切なことは、出エジプト記15章の賛美は、《男女が共に歌う賛美》であったということです。

この賛美はモーセに言及するところから始まりますが〔1節〕、終わりにはモーセの姉、ミリアムに言及しています〔20節〕。ミリアムは、救世軍のタンバリンのようなすばらしい楽器を手にしていました。そして、他の女性たちにも加わるようにと招きました。彼女たちは一緒にタンバリンを手にして踊り、 主が「大いなる栄光を現」されたと〔20、21節〕、主に向かって 賛美をささげました。 

わたしたちが集まる礼拝も、 女性、男性、子どもたちが共に 集まるようにと招く礼拝です。 そして、わたしたちの救いである神を共にたたえるようにと招く礼拝です。世界の各地において、民族・言語・文化・音楽表現も異なる環境の下、〔神を賛美するために〕救世軍人が共に集まっています。 

わたしたちを愛し、助け出してくださる神に向かって、わたしたちは賛美をささげます。

どうか、〔これまでもそうであったように、〕 これからも主に対して、共に賛美をささげるものでありたいと願います。

アーメン

この日も主と共に【129】ヤハウェ・ギボル・ミルカマー(戦いに勇ましい主)

城門よ、頭を上げよ 
とこしえの門よ、身を起こせ。 
栄光に輝く王が来られる。 
栄光に輝く王とは誰か。 
強く雄々しい主、雄々しく戦われる主。 
(詩編 24編8節) 

神さま、
あなたは、「雄々しく戦われる主」です。わたしたちのために御力をふるい、道を開いてくださいます。そして、御子イエスの死と復活によって、罪と死にも勝利されました。弱さを覚えるときにも、あなたの愛と力を思い起こして歩み続けることができるように助けてください。あなたがわたしの旅路に共にいてくださることを感謝します。
イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。
アーメン

10/27/2020

この日も主と共に【128】エル・シムカト・ジリ(わたしの大きな喜びである神)

あなたの光とまことを遣わしてください。・・・
神の祭壇にわたしは近づき 
わたしの神を喜び祝い
琴を奏でて感謝の歌をうたいます。
神よ、わたしの神よ。
(詩編43編3、4節) 

神さま、
あなたは、「わたしの大きな喜び」です。あなたによって、自分の命が大切に覚えられていることを知りました。御子イエスによって、死の闇から助け出されました。聖霊によって、あなたの愛がわたしの心に届けられています。心に影を落とし、人生を色あせたものにしようとする状況にみまわれるときにも、あなたを見上げる思いを守り、あなたと共に生きる喜びに立たせてください。
イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。
アーメン

10/26/2020

メッセージ「命は神の手の中にある」コヘレトの言葉9章1~12節

【説教要旨】 

神戸小隊 聖別会
2020年10月25日(日)
コヘレトの言葉9章1~12節
「命は神の手の中にある」 

Ⅰ 実りの季節を迎えて 

10月も終わりに近づきました。小隊の訪問で郊外に出たときに、稲刈りを終えた田んぼやコスモス畑を見ることができ、秋の実りや季節の移り変わりを実感しました。 

今年は新型ウイルスの感染が広まり、その影響が今も続いています。緊張や不安が拭えない暮らしが続いています。それでも、わたしたちがこれまで生かされてきたことを思います。また、今このときにも、すべての命を創造し、愛しておられる神さまが確かにおられて、わたしたちの命に関わりをもってくださっていることを思います。

どうか、聖書の言葉と祈り、小隊(教会)の交わりを通して、神さまの命の営みのなかをご一緒に歩み続けたいと願います。 

Ⅱ 死を覚えつつ、生きることを喜ぶ 

『コヘレトの言葉』の著者(コヘレト、集会の中で語る者という意味)は、「空しい」という言葉をくりかえしながら、この世界や人間のありさまを見つめ、生きる意味を考えています。

コヘレトの言葉9章1~12節においては、次の点に注意を促されます。 

第一に、人はみな「同じひとつのこと」、すなわち死という結末が待っています(1~6節)。

ただし、コヘレトにとって死の深刻な問題は、それが肉体の活動が停止することにとどまらず、人の心にも感化を及ぼし、むしばむものだからです。 

太陽の下に起こるすべてのことの中で最も悪いのは、だれにでも同じひとつのことが臨むこと、その上、生きている間、人の心は悪に満ち、思いは狂っていて、その後は死ぬだけだということ。(3節) 

コヘレトはまた、死の領域である「陰府」が、「仕事も企ても、知恵も知識も」ない状態であるとも語ります(10節後半)。

今年、新型ウイルスによって、これまでの知識や習慣では対応しきれない状況が多く生じてことを考えるとき、現代もまた死が影のようにつきまとい、力をふるっていると言えるのではないでしょうか。 

しかし、第二に、それでも人は神さまによって、「今このとき」を喜んで生きる道があります(7~10節)。 

さあ、喜んであなたのパンを食べ 気持よくあなたの酒を飲むがよい。 あなたの業を神は  受け入れていてくださる。 どのようなときも純白の衣を着て 頭には香油を絶やすな。 太陽の下、与えられた空しい人生の日々 愛する妻と共に楽しく生きるがよい。 それが、太陽の下で労苦するあなたへの 人生と労苦の報いなのだ。(7~9節前半) 

パン、酒、純白の衣、香油など祝宴のイメージに重ねて、生きる喜びを味わう姿が描かれています。神さまを信じる人は、死を覚えつつ、その上で、人生を喜ぶことを知るというのです。それは、「神はすでにあなたのわざをよみせられたから」です(7節、口語訳)。わたしたちの信じる神さまは、ご自分を信頼する者たちが生き、働くことを、喜ばれるお方です。

それですから、コヘレトは、「すべてあなたの手のなしうる事は力をつくしてなせ」と呼びかけます(10節前半、口語訳)。たとえ、『これをしたところで何になろう』と空しさが迫るとしても、災いや危険がふりかかるとしても(11、12節)、喜びをもって生きる道は閉ざされていません。

コヘレトは、彼自身が振り子のように心が揺れる姿をそのまま記しながら、神さまが人を命に向かわせるお方、生きる方向に向かわせるお方であることを伝えています。 

Ⅲ イエス・キリストに結ばれて生きる 

コヘレトは、今日の箇所に至るまでにも、人生を喜び楽しむことを折々に語ってきました(2:24、25、5:17~19、8:15)。

それらとくらべて、今回注目されるのは、「愛する妻と共に生きるがよい」という勧めが含まれていることです(9節)。(2018年に出版された聖書協会共同訳では、「愛する妻と共に人生を見つめよ。」)

人生の空しい日々さえ、愛する妻と共に見つめて生きるならば人生の喜びに通じる。神さまを信頼して生きる喜びは、神さまが与えてくださる人との出会い、人との関係を生きる喜びにもつながっています。 

そして今や、わたしたちは、コヘレトが言う「妻」のような人生のかけがえのないパートナーとして、イエス・キリストと出会いました。

キリスト者(クリスチャン)は、イエスさまと結び合わされた人たちです。ご自身を犠牲にするほどのイエスさまの愛によって、自分自身が新しく作られていく喜びを知った人たちです。わたしたちの命を、人生を空しくさせるような事態を見せられながら、それでも主イエスと共にその日々を見つめ、さらにその先にある神の御業を見つめて生きていく。そのような生きる喜びの場がイエスさまのもとに、また、イエスさまを頭(かしら)とする小隊(教会)にあります。

わたしたちはくりかえし、神の喜びの場に立ち返り、そして新たに歩み出してまいりましょう。 

キリストが教会を愛し、教会のために御自分をお与えになった
・・・キリストがそうなさったのは、言葉を伴う水の洗いによって、
教会を清めて聖なるものとし、しみやしわやそのたぐいのものは何一つない、
聖なる、汚れのない、栄光に輝く教会を御自分の前に立たせるためでした。
・・・わたしたちは、キリストの体の一部なのです。
(エフェソの信徒への手紙5章25~26、30節)

この日も主と共に【127】エル・サリ(神はわたしの岩)

主はわたしの岩、砦、逃れ場
わたしの神、大岩、避けどころ
わたしの盾、救いの角、砦の塔。・・・
主は命の神。
わたしの岩をたたえよ。
わたしの救いの岩なる神をあがめよ。
(サムエル記下 22章2、47節) 

神さま、
あなたは、「わたしの岩」となってくださるお方、わたしたちを愛し、救い、守るとの御心をけっして変えることのないお方です。心や体を害するものがせまり、自分の意志や力だけでは応じきれないときに、どうぞわたしを支え、あなたの御力によって助けてください。家族や友をも顧み、災いや危険から遠ざけてお守りください。
イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。
アーメン

10/24/2020

この日も主と共に【126】エロヒム・オジ・リ(神はわが助けぬし)

神よ、わたしの祈りを聞き
この口にのぼる願いに耳を傾けてください。・・・
見よ、神はわたしを助けてくださる。
主はわたしの魂を支えてくださる。
(詩編54編4、6節) 

神さま、
あなたは、「わたしを助けてくださるお方」です。わたしたちの祈りに耳を傾け、言葉にならない思いさえも知り、御手を差し伸べてくださいます。問題や困難に道が阻まれるときに、どうか助けてください。わたしの置かれている状況にあなたが介入してくださること信じ、なお最善を尽くすことができますように。家族や友が苦しみ悩むときにも、あなたの助けの御手によって支えてください。
イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。
アーメン