10/31/2022

この日も主と共に【713】イスラエルの国(2)

主はソロモンのこの願いをお喜びになった。・・・「あなたは自分のために長寿を求めず、富を求めず、また敵の命も求めることなく、訴えを正しく聞き分ける知恵を求めた。見よ、わたしはあなたの言葉に従って、今あなたに知恵に満ちた賢明な心を与える。」(列王記上3章10~12節) 

*** 

ダビデ王の後に息子ソロモンが王となりました。ソロモンは力や財産ではなく、国を正しく治めることができるように《聴き分ける心》を神に願い求めました(3節)。神はその願いを喜んで受け入れ、ソロモンを当代きっての賢明な王となさいました。ソロモンは後に、《主を畏れることは知恵の初め》であると記しています(箴言1章7節)。 

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天の父なる神様、ソロモンのように、あなたの御言葉を受け入れ、あなたの知恵によって心を守り、生活を築くことができるように助けてください。心を鈍らせるさまざまな誘惑や災いを遠ざけ、支えてください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン

この日も主と共に【712】イスラエルの国(1)

〔ダビデの言葉〕お前は剣や槍や投げ槍でわたしに向かって来るが、わたしはお前が挑戦したイスラエルの戦列の神、万軍の主の名によってお前に立ち向かう。・・・主は救いを賜るのに剣や槍を必要とはされないことを、ここに集まったすべての者は知るだろう。(サムエル記上17章45、47節) 

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ペリシテの戦士ゴリアトを前にしてイスラエルの人々は戦意を失いましたが、ダビデだけは勇気をふるって戦い、国を守りました。その勇気の源は主なる神への信頼にありました。今は御子イエスが新しい生き方を教えてくださったので人を相手に戦う必要はありませんが、信仰における戦いはあります。神はわたしたちを励ましてくださいます。 

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天の父なる神様、ダビデのようにあなたを信頼し、また、御子イエスの御声によって勇気を出す歩みを導いてください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン(ヨハネ16章33節)

10/29/2022

この日も主と共に【711】約束の地(7)

しかし、主はサムエルに言われた。「容姿や背の高さに目を向けるな。わたしは彼を退ける。人間が見るようには見ない。人は目に映ることを見るが、主は心によって見る。」(サムエル記上16章7節) 

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サウル王に代わる新しい王を選ぶため、神はサムエルをエッサイの息子たちへと遣わされました。サムエルは初め、長兄の立派な姿を見て、王にふさわしいと思いました。しかし、神は外見ではなく心をご覧になり、羊を飼っていた末弟のダビデを選ばれました。その後、ダビデは《竪琴を巧みに奏でるうえに、勇敢な戦士で、戦術の心得もあり、しかも、言葉に分別があって外見も良く、まさに主が共におられる人》であることが明らかになりました(18節)。 

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天の父なる神様、人の評価で動くにまさって、あなたがわたしを知っていてくださり、御心によって形作ってくださる導きを信頼して歩むものとならせてください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン

10/28/2022

この日も主と共に【710】約束の地(6)

主が喜ばれるのは焼き尽くす献げ物やいけにえであろうか。むしろ、主の御声に聞き従うことではないか。(サムエル記上15章22節) 

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王となったサウルは国と民のために勇ましく戦いましたが、やがて大きな過ちを犯しました。
①ペリシテ人との戦いで、不利な戦況にいたたまれず、サムエルに代わって自ら献げ物をして祈りました(13章)。
②アマレク人との戦いで、敵のものに手をつけるなという神の命令に従わず、好ましく思うものを《主への供え物》にするという名目で戦利品にしました(21節)。
サウルは自分の力に関心が向くあまり、どのように歩むべきかを見誤ってしまいました。 

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天の父なる神様、自分でよく考え、最善を求める意思と知恵と力をお与えください。それらにましてあなたの最善を信頼し、あなたの御心がなることを祈り、あなたの御手にゆだねる歩みを御子イエスによって導いてください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン

10/27/2022

この日も主と共に【709】約束の地(5)

主はその偉大な御名のゆえに、御自分の民を決しておろそかにはなさらない。主はあなたたちを御自分の民と決めておられるからである。(サムエル記上12章22節) 

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月日が経つうちに、イスラエルの民は《他のすべての国民と同じように》なるために《どうしても王が必要》だと訴えるようになりました(8章5節)。
神は彼らの願いを受け入れ、士師に代わる指導者として、サウルを《王》として選ばれました(9~11章)。
サムエルは、王が立てられたとしても、目に見える安定や繁栄によってものごとを判断するのではなく、《主を畏れ、心を尽くし、まことをもって主に仕え》るように、民に語り続けました(12章24節)。 

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天の父なる神様、あなたは忍耐をもってイスラエルの民を導かれ、さらに御子イエスを《道、真理、命》として与えてすべての民を導かれます。御子を通し、あなたと共に歩むものとならせてください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン(参照ヨハネ14章6節)

10/26/2022

この日も主と共に【708】約束の地(4)

主は来てそこに立たれ、これまでと同じように、サムエルを呼ばれた。「サムエルよ。」サムエルは答えた。「どうぞお話しください。僕は聞いております。」(サムエル記上3章10節) 

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イスラエルの民を導いた13人の士師たち(オトニエル、エフド、シャムガル、デボラとバラク、ギデオン、トラ、ヤイル、エフタ、イブツァン、エロン、アブドン、サムソン)の後、最後の士師となったのはサムエルです。彼は士師としてだけでなく、神の御言葉を取り次ぐ預言者、民全体のために祈る祭司としても働きました。その原点は幼い頃から、《生涯、主にゆだねられた者》として、心を開いて神の御声を受け入れ続けたことにありました(1章28節)。 

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天の父なる神様、サムエルのように、《どのような財宝よりも、あなたの定めに従う道を喜び》とする歩みにわたしたちを導き入れてください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン(詩編119篇14節)

10/25/2022

この日も主と共に【707】約束の地(3)

主は彼らのために士師たちを立て、士師と共にいて、その士師の存命中敵の手から救ってくださったが、それは圧迫し迫害する者を前にしてうめく彼らを、主が哀れに思われたからである。(士師記2章18節) 

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イスラエルの人々は神が約束された地に住むことができましたが、やがて《主を知らず、主がイスラエルに行われた御業も知らない別の世代》が生まれました(2章10節)。彼らは神を捨て、異国の神々にひれ伏すようになりました。そのためにしばしば周辺国からの略奪に苦しみました。そのような彼らを神は見放さず、《士師》と呼ばれる指導者を立てて、危機から助け出されました。 

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天の父なる神様、《あなたは情け深い神、憐れみに富み、忍耐強く、慈しみとまことに満ちておられる》お方です。人生の旅路において迷い、つまずく時にも、御言葉によって道を照らし、導いてください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン(詩編86編15節)

10/24/2022

この日も主と共に【706】約束の地(2)

民はヨシュアに答えた。「わたしたちの神、主にわたしたちは仕え、その声に聞き従います。」その日、ヨシュアはシケムで民と契約を結び、彼らのために掟と法とを定めた。 (ヨシュア記24章24、25節) 

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イスラエルの人々は長い年月のはてに、神が約束された土地にたどり着くことができました(21章43~45節)。ただし、それは終わりではありませんでした。神はイスラエルの人々との契約を更新されました。イスラエルは主に仕え、主の声に聞き従う歩みを新たに始めました。その後、御子イエス・キリストが私たちの救いのために、ご自分の十字架の死を《新しい契約》となさいました(ルカ22章20節)。神との約束の中で、私たちの歩みは続きます。 

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天の父なる神様、私たちの人生をはかなく消えるものとせず、御子イエスによってあなたの愛に根ざし、神の御国にたどり着くことのできるものとしてください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン

この日も主と共に【705】約束の地(1)

わたしはモーセと共にいたように、あなたと共にいる。あなたを見放すことも、見捨てることもない。強く、雄々しくあれ。(ヨシュア記1章5、6節) 

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約束された地を目指すイスラエルの人々の導き手は、モーセからヨシュへと引き継がれました。神はご自分の言葉である《律法》を守って前進するようにと、ヨシュアを励まされました(5~9節)。彼らは困難や問題にぶつかりながらも、ついに約束された地に入ることができました。《主がイスラエルの家に告げられた恵みの約束は何一つたがわず、すべて実現した。》(21章45節)彼らの旅路は、御子イエスによって天の御国に入ることができるという《神の安息に与る約束》を映し出しています(ヘブライ4章1節)。 

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天の父なる神様、あなたは《恵みの約束》を違えず、私たちを支え、導いてくださることを感謝します。この日の地上の歩みを、天の御国に至る一歩としてください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン

10/22/2022

この日も主と共に【704】十戒(10)

隣人の家を欲してはならない。隣人の妻、男女の奴隷、牛、ろばなど隣人のものを一切欲してはならない。(出エジプト記20章17節) 

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⑩《隣人の家を欲してはならない》。
「十戒(じっかい)」の最後は、他の人のものをむやみやたらに欲しがる心を注意しています。人にはあって自分には無いものを知ることは、向上心や探究心につながる場合もありますが、際限のない欲望や貪欲にとらわれる危うさがあります。神様は《力と愛と思慮分別の霊》である聖霊を遣わして、わたしたちの心と歩みを導いてくださいます。聖霊の大切な贈り物の一つは、《節制》です(テモテ二1章7節、ガラテヤ5章23節)。 

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天の父なる神様、《わたしたちをキリストにおいて、天のあらゆる霊的な祝福で満たして》くださることを感謝します。あなたに与えられた心・体・生活を大切にして歩めるように守り、導いてください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン(エフェソ1章3節)

10/21/2022

この日も主と共に【703】十戒 (8) (9)

盗んではならない。隣人に関して偽証してはならない。(出エジプト記20章15、16節) 

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⑧《盗んではならない》。
⑨《隣人に関して偽証してはならない》。
「十戒(じっかい)」の第八の戒めは他の人のものを盗むことを、また、第九の戒めは他の人の尊厳を傷つけることを禁じます。これらに共通しているのは、自分の充足のために他の人の命・尊厳・生活を壊すという点です。
イエス様はそのような罪の力から私たちを助け出し、私たちの必要なものを知り、与えてくださる《天の父》と共に生きる道へと導き入れてくださいます(参照マタイ6章32節)。 

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天の父なる神様、《むなしいもの、偽りの言葉を・・・遠ざけてください。・・・わたしのために定められたパンで わたしを養ってください。》御子イエスを通して与えてくださったあなたの恵みによって、心を満たされて生きる道を教え、導いてください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン(箴言30章8節)

10/20/2022

この日も主と共に【702】十戒(7)

姦淫(かんいん)してはならない。(出エジプト記20章14節) 

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⑦《姦淫(かんいん)してはならない》。
「十戒(じっかい)」の第七の戒めは、姦淫(不倫)を禁じます。その理由は、婚姻・夫婦の関係が社会の大切な土台であることもありますが、それにもまして神が命を祝福し、ご自分の愛の交わりを結婚に反映させられるからです(創世記1章27、28節、2章24節)。それゆえイエス様は、男性が《みだらな思い》を抱くこと自体をきびしく注意されました(マタイ5章28節)。その一方で、姦通で捕らえられた女を赦し、新しい人生へと導かれました(ヨハネ8章1~11節)。現代は結婚や家庭にまつわるさまざまな課題が生じていますが、イエス様を通して、神の清らかさと愛のうちに歩む道はなお開かれています。 

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天の父なる神様、私たちの心と体と生活を御子イエスの愛と力によって治めてください。夫婦や家族の関係を、あなたの祝福の現れ出るところとしてください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン

10/19/2022

この日も主と共に【701】十戒(6)

殺してはならない。(出エジプト記20章13節) 

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⑥《殺してはならない》。
「十戒(じっかい)」の第六の戒めは、人が他の人の命を奪うことを禁じます。その理由は、一人一人の命が大切であることはもちろんですがさらにその根本として、《人は神にかたどって造られた》からです(創世記9章6節)。それゆえイエスさまは、心に憎しみを抱くこと自体についても注意されました(マタイ5章22節)。そして、わたしたちを憎しみや傷つけ合いから助け出すために、《わたしたちの負い目を赦してください、わたしたちも自分に負い目のある人を赦しましたように》と祈ることを教えてくださいました(マタイ6章12節)。 

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天の父なる神様、わたしたちの命の由来と意味を覚え、互いを大切にする生き方を導いてください。日常の対立から世界の戦争に至るまでさまざまなかたちで命が軽んじられる状況に、あなたの救いの力を現してください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン

10/18/2022

この日も主と共に【700】十戒(5)

あなたの父母を敬え。そうすればあなたは、あなたの神、主が与えられる土地に長く生きることができる。 (出エジプト記20章12節) 

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⑤《あなたの父母を敬え》。
「十戒(じっかい)」のうち、第一から第四の戒めは、神対人の関係において大切なことを述べています。第五から第十の戒めは、人対人の関係において大切なことを述べています。
そして第五の戒めの《父母》は、人対人の関係の基本として、夫婦や親子といった家族の関係を大切にするように教えています。実際のところ、夫婦・親子・家族の関係にはさまざまな課題が生じますが、《あなたの神、主が与えられる土地に長く生きる》ために、神はそれぞれに大切な人たちとの関係を育ててくださいます。 

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天の父なる神様、わたしたちそれぞれの家庭を祝福し、お守りください。また、小隊・教会も《神の家族》として恵みによって導いてください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン(エフェソ2章19節)

10/17/2022

この日も主と共に【699】十戒(3)、(4)

あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない。・・・安息日を心に留め、これを聖別せよ。(出エジプト記20章7、8節) 

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③《主の名をみだりに唱えてはならない》。
④《安息日を心に留め、これを聖別せよ》。
「十戒」のうち第三、第四の戒(いまし)めは、神の祝福を受けるために、神の御名を正しく唱えること(礼拝)を呼びかけています。《わたしの名の唱えられるすべての場所において、わたしはあなたに臨み、あなたを祝福する》と、神は約束してくださいました(24節)。
今も教会・小隊は日曜日を安息日、礼拝の日として共に集い、神の御名を知り、御子イエス・キリストを通して「天の父」とお呼びする歩みを続けています。 

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「天におられるわたしたちの父よ、御名が崇められますように。」そして、あなたの御名にふさわしく歩めるように、聖霊の助けをお与えください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン(マタイ6章9節)

この日も主と共に【698】十戒(1)、(2)

あなたには、わたしをおいてほかに神があってはならない。あなたはいかなる像も造ってはならない。(出エジプト記20章3、4節) 

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神は神の民となったイスラエルに対して、ご自分の御心を「十戒(じっかい)」として示されました。「十戒(じっかい)」は今日の教会やわたしたちにとっても大切な信仰の道しるべです。
①《ほかに神があってはならない》。
②《いかなる像も造ってはならない》。
最初の二つの戒(いまし)めは、《わたしは主、あなたの神、あなたを・・・導き出した神である》と立ち上がってくださる神を第一に信頼するように(2節)、そして、まことの神ではないものによって心や生活が感化され、支配されることがないようにと呼びかけています。 

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天の父なる神さま、あなたはわたしたちと共に生きることを望まれ、今も聖書を通して語りかけてくださいます。何を信じ、大切にすべきかを教え、導いてください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン

10/15/2022

この日も主と共に【697】出エジプト記より(7)

旅路にあるときはいつも、昼は主の雲が幕屋の上にあり、夜は雲の中に火が現れて、イスラエルの家のすべての人に見えたからである。(出エジプト記40章38節) 

*** 

モーセとイスラエルの人々の旅路は、《雲の柱》と《火の柱》によって導かれました。それは神ご自身が彼らの先に立って進まれたことのしるしでした(13章20~22節、民数記9章15~23節、申命記1章33節)。約束の地を目ざした彼らの旅路はけっして順調ではなく、何度も神に背き、その結果として荒れ野を四十年間もさすらいました(民数記14章1~38節)。しかし、神は彼らとの契約を守り、彼らを見放さずに旅路を導かれました。神ご自身の信実と忍耐が、わたしたちの救いの根拠です。 

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天の父なる神さま、あなたの信実と忍耐によって、わたしたちの人生は支えられ、導かれています。あなたを信頼し、御言葉に聴き従うものとならせてください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン

10/14/2022

この日も主と共に【696】出エジプト記より(6)

今、もしわたしの声に聞き従い わたしの契約を守るならば あなたたちはすべての民の間にあって わたしの宝となる。・・・あなたたちは、わたしにとって 祭司の王国、聖なる国民となる。(出エジプト記19章5、6節) 

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モーセとイスラエルの民はエジプトを脱出した後、シナイの荒れ野に進み、そこで約一年滞在しました(19節、民数記1章1節、10章11節)。神は時間をかけて彼らとの間に契約を立て、十戒(じっかい)を中心とする律法(りっぽう)や祭司・幕屋・犠牲などの礼拝について彼らを教えられました。それは、長い奴隷生活によって彼らに染みついていた生活や価値観を取り除き、《聖なる国民》として新しく出発させるためでした。 

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天の父なる神さま、あなたはイスラエルの民と共に、わたしたちも御子イエスによって《聖なる国民》となるようにと招かれます。あなたの恵みと約束を受け入れ、新しい生き方を学ばせてください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン(参照ペトロ一2章9節)

10/13/2022

この日も主と共に【695】出エジプト記より(5)

主は大いなる威光を現し 馬と乗り手を海に投げ込まれた。主はわたしの力、わたしの歌 主はわたしの救いとなってくださった。この方こそわたしの神。わたしは彼をたたえる。(出エジプト記15章1、2節) 

*** 

神がエジプトを裁かれたことによって、イスラエル人はエジプトを去ることができました。しかし、エジプトの王は彼らをふたたび労役に連れ戻そうとし、大軍勢で追跡しました。そのため神は《夜もすがら激しい東風をもって海を押し返され》、イスラエル人に《海の中の乾いた所》を通らせ、エジプトの軍勢を倒されました(14章)。モーセとイスラエルの民は主を賛美し、歌いました(1~21節)。 

*** 

天の父なる神さま、イスラエルの民を救われたあなたは、御子イエスによって罪と死の力を打ち破り、わたしたちをも救われます。あなたの大いなる御業を目撃し、体験するものとならせてください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン

10/12/2022

この日も主と共に【694】出エジプト記より(4)

・・・これが主の過越の犠牲である。主がエジプト人を撃たれたとき、エジプトにいたイスラエルの人々の家を過ぎ越し、我々の家を救われたのである・・・民はひれ伏して礼拝した。(出エジプト記12章27節) 

*** 

イスラエル人をエジプトから助け出すために、神はエジプトのあらゆる初子の命を撃つという裁きを実行されました(12~14節)。しかし、イスラエル人には《小羊》の犠牲によって助かる方法が与えられました(21~23節)。この《主の過越》の出来事は、神の御子イエス・キリストが《世の罪を取り除く神の小羊》となってくださり、ただこのお方の犠牲によって、わたしたち人間は救われることを表しています(ヨハネ1章29節)。 

*** 

天の父なる神さま、御子イエスをわたしたちの身代わりと犠牲とし、わたしたちを罪と死の支配から救い出してくださった、あなたの大きな愛と御業を感謝します。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン

10/11/2022

この日も主と共に【693】出エジプト記より(3)

それゆえ、イスラエルの人々に言いなさい。わたしは主である。わたしはエジプトの重労働の下からあなたたちを導き出し、奴隷の身分から救い出す。腕を伸ばし、大いなる審判によってあなたたちを贖う。(出エジプト記6章6節) 

*** 

モーセは《神の代わり》として(4章16節、7章1節)、イスラエル人を助け出すべく、兄アロンと共にエジプトに向かいました。モーセは神の力のしるしである《杖》によって(4章17節)、①血、②かえる、③ぶよ、④あぶ、⑤疫病、⑥はれ物、⑦雹(ひょう)、⑧いなご、⑨暗闇、⑩最後の災いをエジプトに起こしました。それは、《わたしは主である》と自ら宣言される神がおられることを、エジプト人はもちろんイスラエル人自身も知るためでした(6章1、7節)。 

*** 

天の父なる神さま、あなたが善いものを与えてくださることのみを喜ぶのではなく、あなたがわたしたちの主でいてくださる幸いを知り、喜ぶものとならせてください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン

10/10/2022

この日も主と共に【692】出エジプト記より(2)

〔主は言われた。〕今、行きなさい。わたしはあなたをファラオのもとに遣わす。わが民イスラエルの人々をエジプトから連れ出すのだ。(出エジプト記3章10節) 

*** 

イスラエル人を救うために、神はモーセを彼らの指導者として選ばれました。モーセはかつて不思議な出来事を通して、エジプトの王女に育てられました。しかし、自分の力によってイスラエル人を助けようとして失敗し、エジプトから逃れていました(2章)。理想に敗れて40年が経ち、80歳になっていたモーセに対して、神は自ら語りかけ、彼に新しい使命と力と仲間(兄アロン)をお与えになり、エジプトへと向かわせました。何歳であっても、また、それまでの人生にいろいろなことがあったとしても、神はそれらをご存じの上でなお、新しく導いてくださいます。 

*** 

天の父なる神さま、くりかえしあなたに聴き、あなたに応答し、新しい道を進むものとならせてください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン

10/09/2022

この日も主と共に【691】出エジプト記より(1)

イスラエルの人々は労働のゆえにうめき、叫んだ。労働のゆえに助けを求める彼らの叫び声は神に届いた。神はその嘆きを聞き、アブラハム、イサク、ヤコブとの契約を思い起こされた。(出エジプト記2章23、24節) 

*** 

ヨセフの死後もイスラエル人はエジプトで暮らし、430年の歳月が経ちました(12章40節)。イスラエル人は数を増したために、エジプト人から敵視され、重労働によって虐待されました(1章7、11節)。イスラエル人は嘆き叫びましたが、もはや神を明確には覚えていなかったようです。しかし神の側でイスラエル人を覚えておられ、先祖たちとの契約に立って行動を開始されました。神の誠実と憐れみがあるかぎり、わたしたちのための救いは開かれています。 

*** 

天の父なる神さま、あなたがわたしたちの嘆きを聞いてくださることを感謝します。あなたの慰めと助けによって、わたしたちを支えてください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン(参照詩編56編9節)

10/08/2022

この日も主と共に【690】創世記より(35)

あなたがたはわたしに悪をたくらみましたが、神はそれを善に変え、多くの民の命を救うために、今日のようにしてくださったのです。(創世記50章20節) 

*** 

ヤコブの11番目の息子ヨセフは、父に特別に可愛がられたために兄たちから妬まれ、エジプトに売られました(37章)。しかも奴隷にされ、無実の罪で投獄されてしまいました。しかし、神の知恵によって国の災難を予告し、一転して国を治める者になりました。さらには故郷の家族の危機を救う者になりました(39~47章)。ヨセフの逆転劇の生涯は、神はご自分を信頼する者のためにすべてを益としてくださるお方であり、わたしたちが神の大きな計画と配慮のうちに生かされていること(摂理)を示しています。 

*** 

天の父なる神さま、御子イエスを死から復活させられた愛と希望に満ちた逆転の力を、御心によってわたしたちの人生に現わしてください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン(参照ローマ8章28節)

10/07/2022

この日も主と共に【689】創世記より(34)

・・・ヤコブは答えた。「いいえ、祝福してくださるまでは離しません。」・・・その人は言った。「お前の名はもうヤコブではなく、これからはイスラエルと呼ばれる。お前は神と人と闘って勝ったからだ。」(創世記32章27、29節) 

*** 

イサクとリベカの間に、エサウとヤコブの双子が生まれました。神は祝福の約束を弟ヤコブに実現させると告げられました(25章19~26節)。ところが、ヤコブは自分の計略で幸福になろうとし、家族の不和や親類との衝突を引き起こしました。しかし、神と《格闘》する不思議な体験を通して、神こそが自分を祝福してくださることを悟りました(23~31節)。神に信頼したヤコブは《イスラエル》という新しい名前を与えられ、イスラエル民族の祖となりました。 

*** 

天の父なる神さま、あなたがわたしたちの祝福と幸いの根拠となってくださることを信頼しつつ、置かれている状況の中で誠実に取り組むものとならせてください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン

10/06/2022

この日も主と共に【688】創世記より(33)

イサクは、母サラの天幕に彼女を案内した。彼はリベカを迎えて妻とした。イサクは、リベカを愛して、亡くなった母に代わる慰めを得た。(創世記24章67節) 

*** 

サラが亡くなり(23章1節)、アブラハムも《多くの日を重ね老人となり》ました(1節)。彼は息子イサクのために伴侶を探そうと考え、《年寄りの僕》を故郷に遣わしました。アブラハムの僕(しもべ)は神に祈りました。そうしたところ、不思議な出会いを通して、リベカをイサクの妻に迎えることができました。次の世代を思い、祈り、奮闘したアブラハムと僕(しもべ)の高齢の二人。彼らを通してリベカと出会い、慰め、愛、希望を見出したイサク。彼らの示す祈りと愛と希望の継承は、教会・小隊が今も大切に願っていることです。 

*** 

天の父なる神さま、わたしたちの小隊(教会)につながるどの世代の人も祝福してください。それぞれの人生の舞台に立つために、必要な恵みと力をお与えください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン

10/05/2022

この日も主と共に【687】創世記より(32)

御使いは言った。「その子に手を下すな。何もしてはならない。あなたが神を畏れる者であることが、今、分かったからだ。あなたは、自分の独り子である息子すら、わたしにささげることを惜しまなかった。」(創世記22章12節) 

*** 

アブラハムは、愛する息子イサクを《焼き尽くす献げ物》としてささげるよう神に命じられました(2節)。この非情に思える命令は、アブラハムが神を畏れ、神の言葉に聞き従う者であるかを確かめる試みでした(1、12、18節)。この時もアブラハムは神の言葉に従うことを選びました。そこに神と共に生き、愛する命を救う道がありました。 

*** 

天の父なる神さま、どのような時にもあなたの御言葉に心を開いたアブラハムのように、また、《わたしが願うことではなく、御心にかなうことが行われますように》と祈られた御子イエスのように、あなたと共に生きる心と歩みを導いてください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン(マルコ14章36節)

10/04/2022

この日も主と共に【686】創世記より(31)

主は、約束されたとおりサラを顧み、さきに語られたとおりサラのために行われたので、彼女は身ごもり、年老いたアブラハムとの間に男の子を産んだ。(創世記21章1、2節) 

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神は、アブラハムとサラの間に男の子が生まれると約束されました(17章16、19節)。二人は、自分たちは年老いており、そのようなことは起きるはずがないと笑いました(17章17節、18章12節)。しかし、神の約束通り、二人の間に男の子が生まれました。子供に付けられた《イサク》という名前には「笑う」という意味があります(17章19節)。二人の笑いは、もはやあきらめから生まれる笑いではなく、神が与えてくださった恵みを喜ぶ笑いでした。 

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天の父なる神さま、あなたの恵みの御業を信頼し、《涙と共に種を蒔(ま)く人は喜びの歌と共に刈り入れる》という幸いに与らせてください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン(参照詩編126編5節)

10/03/2022

この日も主と共に【685】創世記より(30)

主はアブラムに現れて言われた。「わたしは全能の神である。あなたはわたしに従って歩み、全き者となりなさい。わたしは、あなたとの間にわたしの契約を立て、あなたをますます増やすであろう。」(創世記17章1、2節) 

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アブラムが《主の言葉》を信じて故郷を旅立ったのは75歳の時でした(12章1~4節)。その結果はただちには現れませんでしたが、神はアブラムが85歳頃と99歳の時に《契約》を立て、また、「高貴な父」という意味の《アブラム》に替えて「多くの国民の父」という意味の《アブラハム》という新しい名前を与えて、彼の人生を導かれました(15章、17章)。アブラハムはくりかえし神の約束を受け取り、神に信頼する《全き者》の歩みを続けました。 

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天の父なる神さま、あなたの御言葉によってわたしたちの心と人生をお支えください。天の故郷であるあなたの御国に至る道のりとして、地上の歩みをお守りください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン

10/02/2022

この日も主と共に【684】創世記より(29)

主はアブラムに言われた。「あなたは生まれ故郷 父の家を離れて わたしが示す地に行きなさい。わたしはあなたを大いなる国民にし・・・地上の氏族はすべて あなたによって祝福に入る。」(創世記12章1~3節) 

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神は地上を新たに祝福するために、アブラム(後にアブラハム)を選ばれました。アブラムは《生まれ故郷》と《父の家》を離れ、神の示される地に向かうようにと神に呼ばれました(召命)。アブラムは《主の言葉に従って旅立》ちました(4節)。アブラムはわたしたちにとって「信仰の父」です。そして今は、イエス・キリストを信じる者たちが《アブラハムの子孫》となり、祝福を相続することができます(参照ローマ4章16節、ガラテヤ3章29節)。 

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天の父なる神さま、アブラハムの信仰の歩みを学び、御子イエスを通して、あなたの祝福を受け継ぐものとなることができるように導いてください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン

10/01/2022

この日も主と共に【683】創世記より(28)

この町の名はバベルと呼ばれた。主がそこで全地の言葉を混乱(バラル)させ、また、主がそこから彼らを全地に散らされたからである。(創世記11章9節) 

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《東の方から移動してきた人々》がれんがやアスファルトを開発して、町を建て始めました(2~5節)。技術自体は悪ではありません。しかし、①《天まで届く塔のある町を建て、有名になろう》、また、②《全地に散らされることのないようにしよう》という彼らの動機は、《地に満ちよ》との神の祝福(9章1節)を拒否して、自己実現を目指すものでした。神は自己中心の動機を喜ばれず、言葉の混乱を通して彼らの企てを止めさせ、全地に散らされました。 

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天の父なる神さま、聖書を通して届けられているあなたの言葉を受け入れ、福音(良い知らせ)を分かち合うものとならせてください。御子イエスのもとに共に集まり、神の御国を共に築く喜びに参加させてください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン