彼らは主が輝きを現すために植えられた
正義の樫の木と呼ばれる。
(イザヤ書61章3節)
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神さまは、ご自分を信頼して歩む人々を《わたしの植えた若木》と呼び、《わたしの手の業として輝きに包まれる》と語られます(参照イザヤ60章21節)。神さまと神さまを信じる人たちの関係が木を植えることに表現されるということは、わたしたちがその場でただちに結果を要求され、選別されるのではなく、これから育ち、しかるべき時に葉をつけ、実を結ぶことを望まれているということです。そして、わたしたちの成長のために神さまが関わり続けてくださるということです。神さまは今もわたしたちが存在し、育っていくことを喜ばれます。
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天の父なる神さま、御子イエスを通してあなたの愛に留まり、育ち、実を結ぶ人生を導いてください。あなたがわたしたちに実を結ばせてくださることを信頼し、歩むものとならせてください。イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン